第52回 転職経験者が考える〜人は皆「平等」ではなく「運」を手に入れることがとても大事な事実〜
こんにちは。
たろ坊です。
本日は少し違うテーマで話をしてみたいと思います。このテーマを考えてみた理由はネットフリックスで「The 8 Show ~極限のマネーショー~」を見たことがきっかけです。そこから見える人々は平等なのか?運とは何か?について考えてみたいと思います。(この記事は1800字程度あります)
これからはネタバレも含みますのでご注意ください。
1.韓国ドラマ「The 8 Show ~極限のマネーショー~」と「機会の平等」について
このドラマのあらすじは以下の通りです。
少し内容に踏み込みますが、登場人物達が生活する階については自分が選んだ札の番号により決まります。ルールは会場に長くいればいるほど1分単位でお金が増える仕組みです。なお、8階が最上階で1番広い部屋で1分の単価が高く、1階が極端に狭く単価が低いのです。
このゲームは「時間」だけはそれぞれに平等に流れますが、手にした手札により全く違う金額がそれぞれ手に入ることを意味してます。各々の部屋の広さや金額については終盤に明らかになります。
人は生まれてから子供、大人、老人になって亡くなっていく運命です。お金持ちも貧乏人も同じ24時間を与えられています。これは平等です。
この番組の最終場面が印象的です。「部屋を交換できる、、、」と信じた1階の人物が有り金(1億円)全て費やした結果、交換できる金額表を見て愕然とします。交換できる金額は途方もない金額(100億円以上)であり、交換は「事実上」不可能ということを知って虚無感だけが残ります。
ここから考えられることは、確かにどの人物にも部屋を上層階に変える「機会(チャンス)」は平等にあります。しかしながら、それはとても大きな壁であり「事実上」変えられない壁のようなものです。これは生まれ持った運による要素が大きいことだと考えられます。
2.運と努力の関係について
皆さんは運(ラッキーチャンス)についてはどう考えますか?
私は上記のように思えます。
文藝春秋12月号のドンキホーテ安田最高顧問とニトリのトップ似鳥会長による対談の中でも以下のように話されています。
①についてですが、私達は生まれてからある程度生きていると周りとの差に気づきます。どの時代、国や地域に住んでいるか、親が何をしているかなど様々です。親が金持ちか普通か貧乏か、賢いか頭が悪いか、いろんな要素が絡み合います。
日本に生まれても100年前に生まれていれば「戦争」を体験する世代であり、30年違えば「就職氷河期」、つい数年前では「パワハラ&残業」当たり前であったりとこれも「運」です。
これらは人の力では変えられない事実であり「親ガチャ」のような言葉もありますがそれに近い気もします。
しかしながら、②の運は自分で掴み取るものだと思います。私が新卒の時に「必ず行きたい!!」と思っていた役所や今回の無職からの転職活動での企業については誰よりも強く欲して、資料をたくさん調べ上げた上で手に入れた物のような気がします。
運は降ってくるものではなく掴みに行くもの。本当に欲してその準備を怠らなければ手に入れられる可能性は上がるのではないかと思いました。
3.運と平等についてのまとめ
今の日本で暮らしている20から30歳の人(私含めて)は「とても恵まれてるなぁ」と実体験を踏まえて思います。2018年公務員の入庁時には、パワハラや会社での人付き合いはなくなっており、2024年今の会社でも昭和の考え方が少ない恵まれた環境にいます。仕事以外には特にお金をかけないでも娯楽を楽しめる時代でもあります。
この環境に今身を置くことができたのは「平等」に与えられる機会を見逃さずに、「運」を力尽くで手にしてきたからだと思います。公認会計士試験に挑戦したからこそ今の職場にも転職することができ、全てが点と点で繋がってる気もします。
皆さんは運と平等についてどう考えますか。
本日もありがとうございました。
2024.11.18 たろぼう