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プロフィール(人生編) 未完成・常時追記

(自身のアーカイブとして人生を振り返る長文を作成中。常に追記していきます。



初めてアートに触れたのは0歳から。

画廊を経営する父親と彫金デザイナーの母親の間に生まれ、幼少の頃からアートにとても身近に育った。

父親の画廊は東京のお茶の水にある小さな画廊で、山の上ホテルという古いくていかにも昭和レトロなホテルの脇の急な坂道を上り、そこから一気に下った辺りにあった。画廊のことはあまり覚えていないが、山の上ホテル周辺のなんとも言えない湿っぽい独特の空気感は未だに肌で覚えている。

自宅では母親がいつも彫金作業をしていて、銀板をハンマーで叩く音や、金属を溶かすためのバーナーの音が記憶に残っている。

自宅には父親が取り扱っている絵画の在庫やら、画集などが置かれていた。

当時の子供は皆、漫画とファミコンに熱中していたが、何故だかその頃すでに全盛期だった少年ジャンプやコロコロコミックなどの漫画には興味がなく、家で飼っているウサギと遊んだり、画集や海外の写真集を見ている方が楽しく、家中は落書きだらけになっていた。

両親もアートに関しては理解があったので、小学生から絵画教室に通わされていて、随分早い頃からキャンバスに油絵で花瓶の花なんかを描いていた。これは未だに実家に数点だけ残っている。

小学校高学年にもなると、少しずつ色々な興味も広がっていき、近所の友達から借りたビートルズの4 枚目のアルバム「ビートルズ・フォー・セール
」のカセットテープを電車を待っている駅のホームでウォークマンで聴き衝撃を受け、初めて音楽で泣くという経験をする。

当時は日本では空前のバンドブームが巻き起こっていて、中学生になると音楽にのめり込み、初めてベースを手に入れて見よう見まねで練習していた。高校生になる頃には邦楽では飽き足らず、聴いている音楽はほぼ洋楽になり、グランジからヒップホップ、50年代のヒッピーカルチャーまで幅広く聞くようになっていた。その頃にはベースではなくギターにハマり、レッドツェッペリンやジミ・ヘンドリックス、ストーンローゼスなどのギターサウンドに魅了され、本格的にバンド活動を開始していく。

続く

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