未来の建設業を考える:「発注者の役割と責任」(2023年10年02日)
日立市役所庁舎が電源喪失
この夏は日本近海で台風が発生するなど、地球温暖化を暑さや大雨で感じる。このような環境変化のなか、9月の台風13号による記録的大雨の影響により、2019年に防災拠点として新築された日立市役所庁舎が電源喪失し、防災拠点としての機能を失う事態が発生した。市役所近くの平沢川と数沢川の合流部となる市役所下部の暗渠が氾濫し、駐車場のスロープから地下階へ流れ、設置した電源機器が浸水したのが原因だ。結果、災害対策本部を市消防本部へ移転せざるを得なくなった。
この被害に対し、市長は「東日本大震災を経験して災害に強い庁舎を造ったはずだが、「想定外」の出来事だった。構造も含めて課題があった。しっかり検証する。」とのコメントを出した。
ただし、本当に「想定外」だったのか。
新庁舎建設プロセスを検証すると、別の見方もできる。
大雨による電源喪失
大雨による電源喪失と言えば、2019年の台風19号による川崎市武蔵小杉におけるタワーマンションで、地上の換気口や貯水槽の容量を超える雨水流入により、非常用発電機が使えなくなった記憶は新しい。
建築物における電気設備の浸水対策ガイドライン
この事態を踏まえ、2020年6月に国交省と経産省が共同で「建築物における電気設備の浸水対策ガイドライン」を出した。このなかでは、建築主、設計者、所有者・管理者が協力して、企画、設計、運用の各段階において想定を超える規模の浸水等が発生した場合、浸水リスクの低い場所への電気設備の設置を求めている。具体的な対策として、神奈川県庁や帯広第2地方合同庁舎において、電気関係諸室を最上階に設置した事例も紹介している。
日立市の庁舎整備基本方針
日立市役所に戻ろう。
日立市の庁舎整備基本方針では、災害に備える防災拠点機能として、高水準の耐震性能、災害地策本部機能の確保を求めているが、浸水被害対策は具体的に求めていない。そのため、基本設計でも、地下階に発電機室と防災備蓄倉庫を設置する案となっていた。
しかし、もともとの設計コンペ段階では、落選した他の設計者等が水害に備えて電気室や非常用発電設備を最上階に設置する案を提案していた。また、プロジェクト途中の建設市民懇話会でも、「異常気象による川からの冠水」や「地下浸水対策」について、市民から懸念の声が寄せられていた。
本来、ここで気づきがあってしかるべきだろう。
日立市では、過去にも1947年のカスリーン台風で、日立市役所北側を流れる川の橋に流木などが詰まって氾濫し、日立鉱山の社宅などが押し流される経験もしている。
防災拠点としての「想定外」の事態への想像力の欠如に対し、発注者の役割と責任は大きい。
設計者も専門家として
また、設計者も専門家として、防災拠点に関する類似事例を調べるとともに、他の設計者の提案内容を理解し、常に最新の知識を習得したうえで、発注者が気づかない点をフォローする真摯な対応が求められる。
設計者は発注者が決めたことをやればいい、施工者は設計者の図面通りやればいいではなく、企画、設計、工事、運用の各段階において、発注者、設計者、施工者、利用者・管理者が協力して、建設目的に合致するため、それぞれの専門家の見地から、それぞれが果たすべき領域を超えて、役割と責任を果たすことが求められるはずだ。当然、発注者は、建設関係者のアドバイスを聞く耳が必要だ。
今後造られる建物では「想定外」を「想定内」とし、建設関係者の協力のもと、発注者の役割と責任がきちんと果たされることを望む。