実はNPBでも導入済みだったピッチクロック
ピッチクロックの効果
2023年のメジャーリーグの最大の話題は、何と言ってもピッチクロックだろう。
その効果は劇的で、2022年に開幕当初の平均試合時間3時間8分だったところが、今年は2時間38分まで縮小しており、30分の短縮となった。中には2時間未満のゲームも出るほどだ。
ピッチクロックの導入は、試合時間の短縮化を目指すものであり、マイナーリーグでの度重なる実験で結果は想定通りであるものの、MLBという大舞台で行うことでその効果のほどをより白日に下に晒すこととなった。
日本人の投球時間は長い
MLBにおけるピッチクロックのルールは、ランナー無しであれば、15秒以内、ランナーがいる状態であれば、20秒以内に投手が投げなければならないというルールである。もちろん子細な運営上のルールはここに付け足されるものの、上記を理解しておけば概ね問題はない。
なお、2018年時点において、MLBでの投球間隔は平均24.1秒とされており、いかに投球間隔の短縮化が強いられるかが分かるだろう。
日本人投手は、特に投球間隔が長いことで知られており、この手のワーストランキングは、見事に日本人投手の名前が並ぶ傾向にある。2018年のダルビッシュ有の投球間隔は、平均27.1秒であり、田中将大は25.4秒だった。
なお、NPBにこの手のデータは乏く、古いデータで恐縮だが、2014年のNPBの100イニング以上投げた先発投手の投球間隔ランキングは以下の通りだ。
計測の仕方が一定でない可能性を考慮しても、走者ありで軒並み30秒以上を擁しているのは、MLBのピッチクロックと比較するまでもなく相当に長い。
その割には、昨年のNPBの平均試合時間を見てみると3時間9分となっており、MLBの同3時間3分とあまり大差が無いのは不思議だ。
日本はピッチクロックを2009年にすでに導入していた
「日本でもピッチクロックを導入せよ」との声も増えつつある。
しかし、ほとんどの人は知らないであろうが、実はNPBにおいては、すでにピッチクロックは導入済みである。
公式に導入されたのは2009年にまで遡る。
MLBがマイナーリーグでピッチクロックの実験を始めたのは2015年なのでそれと比較しても6年先駆けており、まるでオーパーツを発見したかの様な感覚に陥る。2009年と言えば、第2回WBCの決勝韓国戦において、イチローが見事なセンター前ヒットを見せたことが印象深いが、その裏で、実はピッチクロックが導入されていたのである。通称15秒ルールと言われる。
そもそも公認野球規則が2006年に改正され、8.04項で以下の通り定められたことに事は端を発する。
だが、実際には当該ルールを準拠する動きが無かったため、NPBにおいては2009年よりこの野球規則を上書きする形で、ルールを15秒とした上でアグリーメントとして採用されたというのが流れだ。
なお、適用第1号は、2009年8月の横浜対巨人における工藤公康の投球である。
また、最近の事例では2021年4月のロッテ対ソフトバンクの試合において、ハーマンが適用されているが、その映像がちょうど残っていた。
2009年に日本が先駆けて、ピッチクロックを導入した理由は、wikipediaによると以下の通りだ。
国際大会で、海外に怒られたことに加えて、環境省に配慮してのルール適用だった。日本人の大御所も外圧に弱いというのは昔も今も変わらずだが、まさか昨今流行りのESGがこのような形でNPBに影響してようとは想像もしてなかった。そういう意味でも、時代を先駆けており、小泉進次郎。(なお本ルールについては、実際に環境省からも発信された跡が見られる。)
しかし、ご承知の通り、この15秒ルールはほぼ形骸化している。形骸化しながらも2021年にハーマンが適用されており、一応審判がそのルールを覚えいたことには戸惑いを隠せないが、そもそもアグリーメントの内容自体も、「励行」とされており、どこまでを厳格に適用するかが審判に広く委ねられている。
NPBが半端な本気度でピッチクロックを導入しようとした結果、ウサギと亀の童話の様に、後発組のMLBにあっという間に抜かれてしまったというのが、NPBにおけるピッチクロックの現状だ。
なお、前述した公認野球規則8.04については、今シーズンより社会人野球の統括団体である日本野球連盟で厳密に適用されることが発表され、早速の春のスポニチ大会でもその効果が見られた。
なお東京六大学野球においても、同規則の厳密化が始まっており、早速春季リーグではその違反適用がニュースになった。
その他、アメリカの大学リーグでもピッチクロックが今年から採用されたとの話もあり、もはやピッチクロックはMLBの新ルールというよりは、世界的な野球の新潮流であり、導入の是非を議論する段階ではない。
NPBにおいても、あらためてピッチクロックが本格導入されること自体は間違いないだろう。
野球の「間合い」
当然ながら、ピッチクロックには批判もある。試合時間が短くなることによって球場の売店の売り上げが減るのではないかなど、老婆心から来た様なせっかい意見もあるが、こと日本において最もある意見は、「野球独特の間合い」が失われるということだろう。
言わんとすることは分からんでもない。しかしながら、一般の野球観戦において間合いに緊張感を覚えることなど、1試合に何度あることか。ましてや長いペナントレースをこなさなければならないNPBにおいて、間合いの緊張感に息を呑む場面よりも、長い投球間隔に欠伸をしてしまうことの方が圧倒的に多い。
ピッチクロックがもたらす野球のカジュアル化
ピッチクロックの導入による最大の恩恵は、野球のカジュアル化だ。
エンターテイメントとは「非日常の提供である」と思ってはいるものの、週1しか開催されないサッカーなどと違い、週休3日が議論されるこのご時世においても、週6開催を原則として、毎日の様に試合が行われる野球は日常生活に上手く溶け込ませないと成り立たない。
人間の1日が24時間しか無いことは昔から変わらないにも関わらず、その時間で消費せねばならない情報は劇的に増えている。
エンタメとは、24時間の食い合いであり、映画、読書、TVに加え、youtubeやSNS、スマホゲームなど群雄割拠で貴重な時間という資源の取り合いが起きている。野球のライバルはサッカーでも何でもない。もっと強力なライバルがたくさんいるのだ。
そんな中でダラダラと3~4時間の試合を毎日やられても、一般の人にとっては日常生活に野球観戦を組み込むのは難しく、新規のファンを作りづらいのも当然だろう。
私自身も、さほど野球ファンではない知り合いに「一緒に野球を観たい」と言われることは度々あるものの、長時間ゲームになると4時間近くにもなるプロ野球の試合を初心者が見て、疲れさせて、野球への興味を失わせないだろうかと心配もしてしまう。
ピッチクロックがNPBでも導入されれば、カジュアルなファン層も間違いなく取り込みやすくなる。
個人的にも今年のMLBのテンポの良さに、以前よりも集中して試合を観るようになり、試合の面白さが増していると感じる。
NPBに本格的にピッチクロックが導入される日は近いであろうが、早い実現とそれによって野球人気が一層戻ることを期待している。