プロ野球選手が年俸を公開した方が良い経済学的理由
先日、こんな記事を見かけた。
一部のプロ野球選手が、年俸の非公開を訴えたとのことだ。
だが、年俸の非公開化は、むしろ、選手を交渉の席で不利な立場に追い込みかねない。
これは経済学的に言うと「合成の誤謬(ごびゅう)」という問題が生じている状態だと考えられる。
この問題点を解決するためにも、むしろ”推定"年俸は辞めて、年俸をきちんと公開する方法に進めていくべきだ。
年収を公開されて嬉しい人はいない
一野球ファンとして、プロ野球選手の年俸の上下はオフの最大の楽しみの一つだ。
だが選手の身からすれば、必ずしもそうではないだろう。
自身の年収の金額や上下の幅が好奇の目にさらされるのは不快だと思うのが当然の感覚だ。
個人的に、仕事の関係で、富裕層と呼ばれる方々と多く接するが、お金を持っている方ほど、自身の年収などを明かすことには慎重だ。
お金を多く持つことが世間に知られると、それを狙った様々な輩が寄ってくることも多く、特にプロ野球選手は知名度も高いだけに人一倍そういったケースが多いと耳にする。
"推定年俸”という日本独特の文化
プロ野球のファンであれば、ご存じの方も多いだろうが、日本のプロ野球選手の年俸はすべて”推定”だ。
どういうことかと言うと、契約更改終了後、各紙の記者が選手に、様々な質問を投げかけることでおおよその金額を推定するのだ。
もちろんはっきりと自身の年俸を口にする選手もいるが、大抵はぼやかした答えを口にするだけだ。
もちろん、選手は黙ることもできるし、嘘を付くことも可能だ。
結果的に”推定”年俸が、各社媒体によって異なることも珍しくないし、実際の年俸とは大きくずれていたことが、数年後に分かるケースもしばしばある。
はっきりとモノ事を言いたくない日本人らしい、独特な慣習によってプロ野球選手の年俸は報じられているのだ。
海外の人などから見て、この慣習がどう見えるのかはちょっと気になるところだ。
MLBでは、年俸はすべて公開
ところで、海の向こうのMLBはどうなっているのか。
今年で言えば、大谷翔平が1年3000万ドルで契約を結んだことがニュースになった。
実はこれは推定ではなく、実額だ。
MLBでは、全選手の年俸や契約内容が、公式に公開されている。
メジャーリーガーの年俸が公開されはじめたのは、1988年からだ。それ以前はMLBでも年俸はプライベートなものと考えられており、非公開となっていた。
だが、MLBとMLB選手会との間で合意した労使契約(Collective Bargaining Agreement,"CBA")によって、選手と球団間の年俸は公開されることになった。
公開する目的は、"透明性"と"説明責任"の向上だ。
ファンやメディアに対して、正しい数字を伝えることで、MLB全体のお金の流れや選手の価値が理解され、不要な憶測や選手間の不平等を無くすことが目的だ。
年俸を非公開にすることによる「情報の非対称性」
もし、プロ野球選手の年俸が完全に非公開となったらどうなるだろうか。
困るのはマスコミやファンだけではない。実は選手自身が一番困ったことになる。
いざ契約更改の席について、自身の年俸が提示されたとして、その金額を他の選手と比較して妥当かどうか判断ができないのだ。
球団側は、少なくとも自チームについては、全選手の年俸を当然把握しており、その情報を利用して、いくらでも駆け引きをすることが可能になる。このように、二者間が保有している情報量に差がある状態のことを、経済学で「情報の非対称性」と呼ぶ。
当たり前のことだが、情報を持っている方、つまりこの場合は球団側が一方的に取引関係をより優位に進めることができる。
「合成の誤謬(ごびゅう)」とその解決方法
では、情報の非対称性を生じなくするにはどうすれば良いだろうか。
もちろん、答えは簡単だ。すべての選手の年俸を完全に公開することだ。
それによって、球団側と選手側に情報格差が無くなり、フェアな交渉をすることができる。
年俸公開は、個々の選手にとってはメリットがほとんどないかもしれない。
しかし選手全体で考えると、全員が年俸を公開することで、透明性が高まり、平等な交渉ができるようになるため、年俸を公開することがベストな選択だ。
このように、個々人と全体とで最適化行動が異なってしまうことを経済学の世界では「合成の誤謬(誤謬)」と呼ぶ。
「合成の誤謬」を回避し、選手が球団側と交渉できることを目指すには、選手会が主導して年俸を公開していくべきだ。
日本では、特定の球団の選手だから、年俸が高い、安いといった話題が時々なされる。本来であれば、それはあってはいけないことで、野球選手としての金銭的価値はどの球団でも平等でないといけない。
MLBでは所属している球団によって、そのような話は聞いたことがない。
明確に年俸が公開されているからこそ、不当な契約であれば、それがメディアで報じられ、バッシングに合うからだ。
なお、本稿を執筆する中で発見したダルビッシュ選手のツイートをここに残しておく。