小じさん第三話「白い小じさん」
僕は、2023年が始まってからひと月と経たないうちに、2度も奇妙な体験をした。それはいずれも、小さな人型生命体との邂逅だった。どちらも顔はのっぺらぼうで、身体は単色で全体に起伏に乏しく、背丈は僕の膝の高さほどだった。色は会うごとに異なった。最初は緑、2回目は赤だった。
今僕が、「2人」と、人を数えるように言ったのは、その生命体が、僕にはどうしても人間の「おじさん」にしか思えなかったからだ。彼が醸す雰囲気から、なんとなくそう思った。小さなおじさん――僕は親しみを込めて「小じさん」と心のなかで呼ぶことにした。2回目は声に出して本人をそう呼んでしまったが、小じさんは特に抵抗なく受け入れたようだった。
僕は昔から特に幻覚を見るような体質ではなかった。社会生活も変わらず普通に送れている。頭がイカれてしまったとは考え難い。ならば、小じさんは実在する。そう考えるのが自然だった。何故、小じさんはこんな短期間のうちに2度も僕の前に姿を現したのか。僕以外の人も小じさんに会ったことはあるのか。謎だった。僕は小じさんのことを何も知らない。
そして僕はまた小じさんに会った。
※
「お、おぉーぅい! 危ないやないか! うぉあ!」
3度目にもなれば声色からすぐにわかった――今しがた耳に聞こえた珍妙な叫びは小じさんのものに違いない。でも、姿が見えない。
僕は、箸の上にちんまりと乗った白米をひとまず口に運んだ。本当にちんまりと、米2〜3粒。箸ですくい上げるときにそのほとんどが箸の間からこぼれ落ちてしまったのだ。
「無視かい!」
また小じさんの声がする。僕があたりをキョロキョロしていると、
「ここやここ!」
どうやら声の発生元が、僕が絶賛賞味中のコンビニ弁当の中らしいことに気づいた。
よく見ると白米の中に白い小じさんがいた。白米にしっかり擬態している。そして、いつにも増して小さい。箸でつまめるほどに……まさか、先ほど箸の間からこぼれ落ちたのは白米ではなく、小じさんだったのか?
「ようやく気づいたようやな。呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン! 小じさんや!」
僕はツッコミを入れる代わりに白い目で小じさんを見た。小じさんは構わず話を続けた。
「お前さんがワイらのことを“小じさん”と呼んでるんは知ってるで。別に直接聞いたわけやないけど、ワイらはひとりでみんな、みんなでひとり、見聞きしたことは全部自動的に全ての小じさんの知るところとなるんや」
小じさんは僕が聞いてもいないことを丁寧に説明した。お弁当は途中だったが、僕は透明なプラスチックの蓋を閉めた。
「おい! 何すんねん! 開けんかい! こら!」
小じさんのくぐもった声が、蓋の閉じられた弁当の中から聞こえる。
僕は思案した。このままお弁当を捨てに行ってもいい。小じさんはきっと大丈夫だ。その気になれば空間移動くらいわけないだろう。もしかすると、時間をも行き来できるかもしれない(これらの想像には何の根拠もなかった)。だが、お弁当には僕に食べられることを待っている白米とおかずがまだ残っている。それらを捨てる気にはどうしてもなれなかった。
僕は再び蓋を開けた。
「さすがにしばくで!」
小じさんの怒鳴り声が明瞭に響く。前のときもそうだったが、周りの人は気づいていないらしい。どういう仕組みかはわからないが、僕と小じさんの交流そのものを周りの人は認知できないようなのだ。
「あなたがたはいったい何をしに僕の前に現れるんですか?」
認めよう。僕はこのときイライラしていた。食事の邪魔をされたからだ。
「そんなん知らん」
「え?」
さすがにキレてもいいだろうか、僕。
しかし、小じさんはそんな僕の内心に構わず続けた。
「でもひとつ言えるんは、ワイらのことが見えるんはごく限られた一部の人間だけということや。その証拠に周りの人ら見てみ」
すると、小じさんは大きく息を吸い込んだ。悪い予感しかしない。そして、それは的中した。
「どあほーーー!!!」
小じさんが声の限り叫んだ。僕は反射的に耳をふさぐ。今日の小じさんは、たまらない。
「どうや?」
一転して小じさんの静かな問い。周りを見渡すと、たしかに、誰ひとりこちらを気にしていなかった。
「と、いうわけや。わかったか? まっ、今日は特に話すことはないんやけどな。ワイらの存在様式のちょっとした説明と、それから強いていうなら、弁当くらいもっと幸せそうに食べえやと思って出てきたんや。眉間にしわ寄せてマズそうな顔しとったさかい、たまらず出てきたんや」
「すると、何か僕に伝えたいことがあるときに、あなたがたは姿を現すんですか?」
「そういうことや。さ、残りはもっとニコニコして食べえや」
小じさんがそう言ったとき、部屋にチャイムが鳴り響いた。
「おっと、しもた。休み時間終わってもおたな。すまんすまん」
僕は今度こそ固い意志で弁当の蓋を閉めた。
■これまでの小じさん