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Photo by
echica111
【詩】あたりまえの景色
仕事や学校や部活、その他さまざまな社会生活が終わり
みなが帰路につくころ
視線の跡が地面にたくさんつきはじめる
黒々とミミズが這ったあとのような視線跡が
足跡よりもずっと多く
ときどき心がまるまる落ちているのを見かけて
おいおい、心は落としちゃいかんだろ!
って、つっこんでる自分の心も
かろうじて身体にひっかかっている程度で危なっかしい
あわてて空いている方の手で身体の中へ押しもどす
が、身体の反対側も穴があいていて
するっと今度こそ完全に落としてしまう
あちゃー、みんなこうなったのか!
得心して先ほどつっこみを入れた自分を本気で恥じる
僕は落とした心をひろう
まだ失うわけにはいかないから
前傾姿勢でろっ骨や両腕でだいじに抱えて
みるみる地面についていく視線跡を消す余裕はないけれど
せめて心は今日も持ち帰ろう
明日も心を持っていられるように
視線跡も
心まるまるの落としものも
なくならないと知っている
雨が地面を濡らさなくてはならないみたいに
セミの成虫が一週間ほどで力つきるみたいに
あたりまえの景色として
ただ、そこに見る
*月刊詩誌「ココア共和国」2022年9月号 佳作集Ⅱ*