見出し画像

【詩】あたりまえの景色

仕事や学校や部活、その他さまざまな社会生活が終わり
みなが帰路につくころ
視線の跡が地面にたくさんつきはじめる
黒々とミミズが這ったあとのような視線跡が
足跡よりもずっと多く

ときどき心がまるまる落ちているのを見かけて
 おいおい、心は落としちゃいかんだろ!
って、つっこんでる自分の心も
かろうじて身体にひっかかっている程度で危なっかしい
あわてて空いている方の手で身体の中へ押しもどす
が、身体の反対側も穴があいていて
するっと今度こそ完全に落としてしまう
 あちゃー、みんなこうなったのか!
得心して先ほどつっこみを入れた自分を本気で恥じる

僕は落とした心をひろう
まだ失うわけにはいかないから
前傾姿勢でろっ骨や両腕でだいじに抱えて
みるみる地面についていく視線跡を消す余裕はないけれど
せめて心は今日も持ち帰ろう
明日も心を持っていられるように

視線跡も
心まるまるの落としものも
なくならないと知っている
雨が地面を濡らさなくてはならないみたいに
セミの成虫が一週間ほどで力つきるみたいに
あたりまえの景色として
ただ、そこに見る

*月刊詩誌「ココア共和国」2022年9月号 佳作集Ⅱ*

いいなと思ったら応援しよう!