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【詩】顔

「いつも大変お世話になっております」
新卒一年目で初めてこの言葉を使ったとき、顔がもにゅもにゅした。
初対面の人にいつもお世話になっていますということがおかしくて。

そういうことじゃあないのは、わかってるんだけど。

「御社にはいつも大変お世話になっておりますので、今回もひと肌、いえ、ふた肌脱ぎますよ!」
そう言われたときには、顔がいっきに乾燥してパキパキになった。

ところで「肌を脱ぐ」のは誰だろう。まあ、いいか。

その後というもの、主語がその場にいる誰でもなさそうな会話が交わされるたび、顔に違和感をおぼえた。ぴくぴくするときもあれば、ずきずきと痛むこともあった。
毎朝、顔を洗うときに鏡を見るたび、自分の顔がわずかに前と異なることに気づいた。ただの老化だろうとあまり深く考えなかった。

あるとき、会社がお世話になっている偉い先生と面談をした。
先生が言った。
「御社の失った信頼回復のためにも云々」
「御社には期待をしていますからかんぬん」
先生は僕の顔を見て話していたが、僕の顔なんか見ていなかった。
ミシミシミシ!
メキメキメキ!
僕の顔からそんな音がした。強烈な痛みと痒みが同時に僕の顔を襲った。めまいがした。脳みそが裏返るような奇妙な感覚があった。
さすがにこれはと思い、面談のあと急いで鏡を見に行った。

僕の首の上には、会社のイメージキャラクターの顔が鎮座していた。

*月刊詩誌「ココア共和国」2023年1月号 佳作集Ⅱ*

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