見出し画像

大復活を遂げられるか:Travel Techの現状と未来

ANRIというVCでキャピタリストをしている丸山と申します(リンクは自分のプロフィールページ)。今回は自分が一番熱意を持っているTravel & Tourisum業界(以下、T&T)のいわゆるTravel Techの話をしたいと思います。少し長い投稿になってしまったため、お時間のない方は下記目次から気になるポイントを見て頂くだけでも嬉しいです!では宜しくお願いします。

1. イントロ -49.1%の衝撃

2008年のリーマンショック翌年、Global GDP成長率は世銀の1961年からの記録上で初めてマイナス成長を記録します (-1.6%)。多くの企業が高コストの海外出張を抑制し、多くの人が旅行へ行くことに消極的になった同時期、それまで順調に成長していたT&T業界も-4%近くのマイナス成長を記録する未曾有の事態となりました。

そしてコロナ禍が直撃した2020年、世界のGDP成長率は再びマイナスへと転じ、リーマンショックを大きく超える‐3.6%を記録することになります。多くの産業が大ダメージを受けていますが、根本的に人の流れが抑制された昨年、T&Tの成長率は目を疑う数字を残してしまいます。World Travel & Tourism Council (WTTC)の推計だと、2020年のT&T GDP成長率はなんと『-49.1%』。$4.5 trillion (約500兆円)のGDP減を記録する、まさに桁違いの非常事態に陥っています。

今回はそんな「窮地の状態」にある同業界の現状を整理し、この危機的な中でもT&Tをテーマにしている勇気あるスタートアップにスポットライトを当てながら、現在の主要トレンドを考察していこうと思います。

2. トラベル&ツーリズムの業界構造

まずは簡単にT&Tの業界構造を少しだけ定義します。
ツーリズムと聞いてまず思い浮かぶホテル産業や航空会社の他にも、多くのインダストリーが複雑に絡み合って成り立っているのがT&T業界です。旅行代理店の売上からインバウンド旅行者がコンビニで購入したお弁当まで、多くの経済・購買活動がT&T全体を構成しています。

画像6

そのため、T&T業界を数字で表すとそのインパクトの大きさを感じ取れます。WTTCが公表した2019年と2020年の定量データを見ながらその影響の大きさを見ていきたいと思います。

3. 定量的にとらえたT&T業界

画像6

まず、Global GDPに占めるT&TのGDPは2019年時点で10%程度と高く、 ($9.2 trillion) 、人の移動によってもたらされる経済効果は決して小さくありません。その数字が昨年5%程度まで落ち込みました。また、過去9年間T&Tの成長率はGlobal GDP成長率よりも高く推移していましたが、冒頭でも申し上げたように2020年に-49.1%まで下げています。アメリカ同時多発テロ、世界金融危機後に記録したマイナス成長とは比べのものになりません。

しかし、注目すべきはT&T業界は必ず大きく反発している点です。

移動に何らかの抑制がかかった後、その反動で人はいままで以上に移動をすることが分かります。コロナを通じてリモートワークが標準となり、メタバースのような仮想空間がブームとなっている今、もしかしたら以前の水準に戻らないかもしれません。しかし、久しぶりに出社・通学して同僚や友人に会った時の高揚感や、緊急事態宣言が明けると街中に人が溢れかえる瞬間を見ると、どんなに技術が進展しても人が好きな場所に移動し、好きなものを見て、好きな人と会う行為は今後も変わらずに存在し続けると思いました。

4. T&T系スタートアップの現状

画像3

続いてスタートアップ業界はどうでしょうか。Crunchbaseのデータベースを活用して、米国スタートアップで”Travel & Tourism”がタグ付けされている企業を調べてみました。

2010年からの資金調達数でみると、2015年までディール数は安定的に伸びています。一方で、スタートアップ業界全体の資金調達ペースも同時期に伸びていますので、米国全体のディール数とも比較してみました (グラフ右側)。
ディール数の前年比を見ると、2011~15年まで業界全体のペースよりもT&T系スタートアップの方が強く伸長しています。2016年は業界全体が成長の反動で資金調達数を減らしましたが、T&Tは2018年に記録上で3番目に多い、222件の資金調達がありました。

そしてコロナ禍が直撃した2020年はスタートアップにも大きな影響が出ることになります。2019年に222件あったディールが約6割の142件まで低減。業界全体も2020年は下降傾向にありましたが(前年比85%)それを大きく下回りました。

5. 資金調達情報を元に考える最新のトレンド

ここで一つ疑問が生まれます。いつまた海外旅行・出張ができるか不透明な中、2020~21年にかけて資金調達しているT&Tスタートアップはいったいどんなビジネスをしているのでしょうか?直近のアーリーステージの資金調達を見れば何かトレンドが見えてくるのではと思い、2020~21年9月末までに米国で実施されたPre-Seed ~ Series Aの調達に絞って調べてみました。

5.1 T&Tスタートアップが戦っている事業領域

まず、トレンドの全体像をを掴むために、T&Tスタートアップが展開している事業領域をざっくりとまとめてみます
同期間に資金調達をした企業は合計186社で、$500k以上の調達をしたのは内109社でした。109社それぞれに事業領域の大分類をつけてみると、大きく5つの領域が浮かび上がります。

① T&T SaaS 46社(全体の42%)
感覚的に言うと「おもてなし」のDXを提供している会社。高級ホテルの常連であればコンシェルジュがお客様の好みを全て把握し、宿泊や食事の体験をパーソナライズします。この体験を事業体側のコストを最大限に抑えながら全顧客に提供できるようにするSaaSをホテルやレストラン向けに販売しているスタートアップが多く見られました。

② Planning Tools 20社(18%)
旅には「計画」がつきものですが、情報元は多く存在します。ガイドブックを買う人もいれば、SNSを参考にする人も多いかと思います。しかし情報量が多い世の中だからこそ、どこに行って何をするか悩む人も多いのではないでしょうか。そんな人のために、いまだに新たなプランニングの手法を提案するスタートアップが毎年数多く生まれています。

③ Alternative Accommodation 15社(14%)
Airbnbの大成功から「宿泊」の選択肢もどんどん細分化されていて、新たな宿泊体験を提供するスタートアップが増えています。高級民泊、リモートワークを念頭に置いた宿泊施設、小型バスを動く宿泊施設として提供するスタートアップなど、面白い企業が目立ちました。

④ Mobility 8社(7%)
移動に対するニーズに応えている企業もいくつか存在しました。少し意外でしたが、このセグメントではOn Demandのプライベートジェットを提供するスタートアップが大多数でした。

⑤ T&T Fintech 6社(6%)
SaaS系の企業がFintechを取り入れる場合も多いですが、T&T関連のFintechだけに着目した企業もいくつか存在しています。”Buy Now, Pay Later"モデルをホテル専用の決済システムを提供している会社も。

⑥ その他 14社(13%)
会員制のトラベルクラブ、都心型のゴルフ場など、など

5.2 事業領域から考えるT&Tのニーズ

どの企業にとっても「課題解決」がビジネスの根幹であり基本ですので、展開している事業は何らかの課題を解消するために存在すると言えます。そのため、これら事業を展開することでT&Tスタートアップは消費者のどのようなニーズ・課題に応えているのか、を考えてみました。
細かく書いていくとキリが無いので、3つの大テーマに絞ってみました。

A) 多様化・細分化されたニーズへの対応
T&Tでもパーソナライゼーションのトレンドは強く出ています。考えれば旅こそ楽しみ方は千差万別ですが、どうしても旅行者が滞在先での様式に「合わせる」傾向は存在すると思います。思い通りに何でもタイミング良くサービスが提供される経験は超高級ホテルでしか体験できないイメージですが、これが最近ではスタンダードになりつつあります。
解決策:Alternative Accommodation, SaaS,  等

B) 利便性・ストレスフリーの追求
旅行や海外出張は楽しいことも多いですが、ストレスを感じる瞬間もたまにあります。そのため、いかにデジタル技術を活用して消費者の利便性を上げられるかがこの業界では大きな差別化要素となります。Value Chain上に潜む細かい「もどかしさ」を排除できるかが一つのテーマとなっています。
解決策:Planning Tool、SaaS、Fintech、等

C) 最高級の体験を低コストで提供
AとBの進展は消費者側にとってはメリットしかありませんが、事業者側からするとコスト上昇につながります。また、これらをアナログで実施しようとするとスキルが属人化しやすいことも多く「○○さんの対応はXXさんしかできない」のようなことが起こりがちです。これらをデータの力を使い、DXしていくことが非常に重要になっています。
解決策:ホテルやレストラン向けのSaaS、等

上記3点を踏まえて、T&Tには横断的かつ普遍的なテーマも存在すると思いました。それは「旅行者・出張者の目は普段より厳しい」です。

これは考えてみれば当たり前です。必死に働いて稼いだお金で年に数回しか訪れない長期休暇に行く旅行。会社の命運をかけた大事な海外出張。「失敗・後悔したくない」という感情が芽生えて当たり前です。訪れた先での後味の悪い接客や想定外のハプニングは誰しもが避けたい事態だと思います。そのため、T&Tに関わる事業者はお客様の貴重な「時間」を預かり、お支払い頂いている金額以上の体験を提供しなければ勝ち目は無いのです。

そのため、大型の資金調達を実現しているスタートアップの特徴としては、A~Cへの解決策を複数組み合わせて、Consumer(旅行者・出張者)とBusiness(宿泊施設、飲食店、等)両方にメリットが出るようなWin-Winモデルを作っているところが多いと感じました。

では実際にいくつかのスタートアップを見てみましょう。

6. 20~21年に資金調達をしたスタートアップ

~2年以内に資金調達を実施して個人的に面白いと思ったアーリーステージのスタートアップを、前述の事業領域やニーズに照らし合わせながらいくつか紹介していきます

6.1 Wander

画像4

【創 業】2021年5月
【調 達】Pre-Seedで$7.3M(2021年6月)
【投資家】Redpoint Ventures、他エンジェル多数
【事 業】ワーケーションを目的とした最新鋭のスマートホームを1日単位で貸し出し。予約、施錠、温度管理、など全てアプリ内で完結。

💡 注目ポイント
最近は自宅以外の働く場所を求めてレンタルオフィスやホテルで働いたことがある人もいるのではないでしょうか。しかし、ホテルのワンルームだと家族と行き辛く、かと言ってスイートルームだと高すぎる。民泊だと騒音やWi-Fi環境が整っているか不安で決めづらい、などリモートワークを念頭に置いた「ちょうどいい場所」が世の中にまだ少ないことに着目したWander。
自社で一軒家を買い取り、最新鋭のスマートホーム設備を導入して1日単位で快適なワーケーション環境を提供しているのが特徴です。なんとWanderの一軒家に宿泊するとTeslaも付いてくるという特典つき。

Wanderは③Alternative Accommodationを通じて、(A)「ワーケーション特化の高級民泊」という新たな細かいニーズにアプローチし 、(B) 予約~チェックアウトまでを快適にアプリ上で管理できるという利便性の追求を実践している企業です。また、自社のプラットフォーム内で全てが完結し顧客データを保有しているため、(C)のようなおもてなしのDXも容易となり、自社のオペレーションも最適化できることも強さの一つです。

Source:Wander.com and Crunchbase.com

6.2 Elude

画像5

【創 業】2019年2月
【調 達】合計 $4.1M、直近はSeedで$2.1M(2021年8月)
【投資家】10X Capital, Mucker Capital, Upfront Venturesのスカウト、等
【事 業】予算ファーストの旅行検索アプリ。旅の予算を入力すると予算内で行ける国内外の行き先が一覧で出てきて新しい旅先の発見が可能に

💡 注目ポイント
旅行サイトを使う時、どこでも最初に聞かれるのは”Where to?”です。これは当たり前のように受け入れてますが、良く考えると最初から行き先が決まっていない場合、旅行でまず決まるのは大体「日程」です。その後に「予算内」で「行けるところ」を考えますが、最初に行き先を聞かれると調べること自体が大変です。この小さなペインポイントに着目したEludeは検索の手法を従来と逆転させています。日程と予算を入れれば、予算内で行けるところが個人の趣味趣向(最初に設定する)に合わせて提案されます。「次の連休絶対どこかに行きたいけど行き先が思いつかない…」という良くある悩みにストレートに答えているプロダクトだと思います。
現時点でオプションの幅は限られており、まだこれからという印象ですが、コンセプトとしては面白いため「暇さえあれば旅に出たい」という旅行好きには楽しみなプロダクトです。今後に注目📌

そしてEludeもWanderと同じくA(パーソナライズド)とB(利便性)のニーズへの解決策を組み合わせて提供しています。Wanderと異なるのはその切り口として②Planning Toolを提供している点

Source:elude.co and Crunchbase.com

6.3 Jurny, Inc.

画像6


【創 業】2017年1月
【調 達】合計 $12.5M、直近は$9.1M(2021年10月4日、推定Series A)
【投資家】Mucker Capital、等
【事 業】王道のT&T SaaSスタートアップ。ホテル側はオペレーション最適化による売上・利益の最大化、利用側にはシームレスな体験を提供

💡 注目ポイント
本投稿の1週間前に追加調達を行ったLAのSaaSスタートアップ。中小ホテルチェーンや個人経営の宿泊施設を運営する事業者向けにJurny Virtualという宿泊施設管理プラットフォーム(CMS, POS, RMS, FMSを統合したもの)を提供し、売上と利益の最大化を支援しています。完全なアナログ経営になっていることが多い中小の宿泊施設では、導入30日以内で平均20%の売上増、50%の間接費削減を既に実現しているとのことです。プラットフォームに加え、24時間の問合せサポート、バーチャルコンシェルジュ、口コミ管理、等の不随サービスも提供しています。既に635部屋にJurnyの技術が導入済みで今後は海外事業を強化していくようです。

Jurnyは①のT&T SaaS系の企業ですが、ニーズへの対応は(A)~(C)を全て提供していると言えます。主軸は(C)のDXに置きながら、ホテル利用者にはストレスフリーかつパーソナライズドされた宿泊体験を独自のアプリで提供することにも力を入れている、同じくWin-Winな総合型T&Tスタートアップ

Source : Jurny.com and Crunchbase.com

6.4 その他、面白いT&Tスタートアップ

Thatch
8月に$3Mを調達した、クリエーター向けのプラットフォーム。旅行系インフルエンサーが独自の旅プランを紹介・販売できるSNSで、いわゆるT&T版のソーシャルコマースです。類似したサービスも今年に入ってスタートしており、今後トレンドになるか要注目です🔍
Source : thatch.co and crunchbase.com 

Beachy
合計$8.3Mを調達している5年目のスタートアップ。ホテル事業者がビーチやプールでの収益(飲食、ビーチベッドの予約、等)を最大化させるためのニッチなSaaS。確かにビーチ・プールサイドの運営は不透明なことが多く、予約や支払いがスムーズになれば消費者としても嬉しいと思ったサービス!🌴
Source : beachyapp.com and crunchbase.com

Welcome
地図ベースの行き先提案アプリ。もちろんGoogle Mapに大半の情報や口コミが載っていますが、「リアルタイム情報」×「友人レコメンド」を活用して、よりユーザーにパーソナライズドされた提案がされるアプリです。スマホ画面をずっと見ながら口コミを読み続ける時間を排除することが目的。リード投資家はAccelで、9月にシードラウンド実施を公表しています📍
Source : welco.me and crunchbase.com

7. 最後に

T&T業界は現在「ピンチは最大のチャンス」の状態です。
世界経済を揺るがす危機の発生後、この業界は必ず力を増して反発を繰り返してきました。いつかまた自由に旅ができる日を心待ちにしつつ、このような苦しい状況の中でも日々奮闘しているTravel Techの企業への応援も込めて、今回は少しだけT&T業界を覗き見してみました。長くなってしまいましたが、最後まで読んで頂きありがとうございます。

そしてもう一つ重要な一点。
ANRIでは常に野心溢れる起業家の方々にお会いできることを楽しみにしております。アイデア段階・起業準備中の方、これから資金調達を考えている方、ぜひご連絡頂けたら幸いです。
私自身まだ新米のキャピタリストなので、多くの方とお話しできることを心待ちにしております。気軽にここからご連絡ください。

最後に少しだけ自己紹介させてください!よろしくお願いします🙇

丸山 太郎 → より詳しいプロフィールページ
ANRI ベンチャーキャピタリスト シニアアソシエイト
新卒でパナソニック株式会社に入社し、事業企画の仕事をしていました。東南アジア・南アジア(インド・バングラデシュ)・欧州の海外戦略立案・実行支援を担当し、その後はボストンコンサルティンググループで主にPEファンドと消費財メーカーの戦略構築支援をしていました。2019年と20年はBCGのクアラルンプール・オフィスに所属し、ファンドの経営支援を担当。21年9月よりANRIに参画しています。
高校卒業までの大半を米国で過ごし、仕事も海外案件が多かったため、スタートアップ業界のグローバル化に強い興味があります(今回のT&Tも日本の国際競争力を上げる重要な要素だと思っています)
趣味は旅行、カメラ、写真、車、スポーツ全般(特に野球とF1)と最新のガジェットです!電気量販店は何時間でもいれます⚡

そして今回の投稿は私の好きなMarriott Internationalのツイートでお別れです。ありがとうございました!

引用元サマリー
T&T関連のGDP、規模感、雇用人数は全てWTTCのレポートを参照 https://wttc.org/
Global GDPなどの世界経済に関する数値は世界銀行を参照
https://data.worldbank.org/indicator/NY.GDP.MKTP.KD.ZG 
今回取り上げたスタートアップの事業内容、資金調達情報、等はそれぞれのホームページとCrunchbase.comのデータベースを参照

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?