第35話 ママの重大失態 子どもがいないことに気づかない話
ご飯が終わって、しょうちゃんもゆーちょんもそれぞれでの場所でくつろいでいる。
ゆーちょんはソファーで、見ないテレビをつけて寝そべっている。
しょうちゃんはテーブルでスマホに夢中だ。
ボクも食事中に乗せられていたキッチンチェアーから降ろされた。
しょうちゃんが、スマホを止めて、ダイニングテーブルの食器をキッチンカウンターの上に戻し始めた。
ボクはテキパキテーブルを片付けるしょうちゃんを、感心して眺めていた。
お手伝いできるんだ。
だけどそれ以上のこと、食器を洗うまではするつもりはないようだ。
台ふきんでテーブルを拭いてきれいにすると、またスマホ操作に戻っていった。
ママは腕まくりをして山積みになった食器をどんどん片付け始める。
普段より一人分多いし、お鍋や卓上調理器など、大きいものもあるから手間取っているのかも。
ボクはママの足元に行って、ママの周りをウロウロしてみせた。
ボクにおやつをくれる余裕はなさそうだから、こっちからおねだりするしかない。
案の定、ママは煮干しを取り出して、ボクの鼻先に持ってきた。
ボクは急いでそれをくわえ、誰にもとられないようにいつものラグのところにまっしぐらに走った。
ボクのおやつを横取りする人はいないことはわかっている。
でも、ひと口で食べきれないものは、とられないように安全なところに持っていく。
コレ、ボクらの習性なんだよね。
ママは手慣れた様子で作業をこなし、片づけをイッキに終わらせた。
そしたら今度はお茶の準備だ。
戸棚からカップを3つ取り出してコーヒーを注ぐ。
先にゆーちょんのために、コーヒーテーブルにカップをひとつ置いた。
次にしょうちゃんと自分の分をテーブルに運ぶ。
「あ、しょうちゃんはコーヒーはダメなんだっけ?」
ママは、しょうちゃんの前にカップを置こうとしながら思い出したように聞いた。
「お母さん、あたし、もう飲めるんだよ。いつまでも子どもじゃないんだからさ~。」
しょうちゃんはスマホから目を外しママの顔を見て言う。
「あら、そうだっけ?」
「お母さんはよく子どものこと忘れるよね。た―くんのことも、兄ちゃんのことも忘れたことあったよね。」
と、コーヒーのカップで両手を温めながら、しょうちゃんが続ける。
ママはしょうちゃんが何を言おうとしているか予想がついたようだ。
「そうだったね‥。」
ママはしょうちゃんに同意した後、しょうちゃんが持ち出した話の続きをし始める。
ボクは、ラグの上で煮干しをかじりながら耳を立て、ママの話を聞く態勢を急いで作った。
「た―くんが忘れ去られた話」はこうだ。
忘れたというよりは、た―くんが学校から帰ってこないのに気づかなかったことがあったのだ。
それは・・。
た―くんが高校生のころ、家に帰ってこないことがあったんだ。
生徒会活動で遅くなり、最終電車に乗り遅れたのだ。
同じ敷地内にある別棟で暮らすおじいちゃん。
た―くんが帰りが遅いことに気づいて駅まで迎えに行ってくれたそうだ。
しかし最終電車まで待ってもた―くんが降りてこない。
ひよっとして行き違いになったのかも知れないと、ママに声をかけた。
「タケシは帰ってるか?最終電車でも降りてこないぞ!」
その言葉にママはもちろん、テレビを見てゲラゲラ笑っていたみんなはびっくりした。
家族の誰もが、た―くんが帰ってきてないことに気がついていなかった。
てっきり自分の部屋にいると思い込んでいたのだ。
結局のところ、た―くんは学校の先生が家まで送り届けてくれて無事だったんだけどね。
あのた―くんなら忘れられることもあり得るかも。
家でもあまり話をしないコだからね。
しょうちゃんは、その現場にいたから良く覚えているのだろう。
その話には興味ないといった感じで、マホをポチポチしているだけだ。
だけどゆーちょんの反応は、違っっていた。
「オレも忘れられたこと、あるぞ!」
ゆーちょんは大きな声でそう言った。
そして寝そべっていたソファから伸びをしながら立ち上がった。
「た―くんの忘れ去られ事件」の話が終わらないうちにだ。
「オレだって迎えに来てもらえなくて、夜中に歩いて帰ってきたことがあるんだぞ~!」
ゆーちょんは、ママがさっき置いたコーヒカップを持って二人のいるテーブル席に移ってきた。
ママの隣にドカッと座り込んで、笑顔だけど、すごんで見せる。
「あ~、あの時ね。」
ママの子どもといえども体が大きいゆーちょん。
ママはバツが悪くなって、ゆーちょんのそばから逃げるようにお代わりのコーヒーをとりにキッチンへ向かった。
ゆーちょんの話はこうだ。
ゆーちょんが高校受験のために塾に通っていた時のこと。
塾は隣り町にあるので、ママが送り迎えをする。
ある晩、ママはゆーちょんを塾に送り届けて家に帰った。
あろうことか、そのあとしょうちゃんを寝かしつけながらそのまま眠ってしまったのだ。
ゆーちょんはいつまで待っても迎えが来ないので、仕方なく歩いて帰ってきたのだという。
家から塾までは、車で10分ほどの距離だ。
でもその道のり。
歩けば1時間以上かかるはず。
街灯もないような暗いところも必ず通らなければならない。
男の子とはいえ、当時ゆーちょんは中学生だ。
一人で夜中を歩くのは、心細かったんじゃないかな。
ボクだって、ママがリードを持っていてくれないと一歩もあることができない。
ゆーちょんは心細かっただろうし、お腹も空いただろうね。
やっとの思いでおうちに着いても、みんな寝静まっている。
ホメられもせず、謝まってくれることもなかったわけだ。
ゆーちょんは一人淋しく寝たんだろうね。
ゆーちょんがママに大きな態度をとるのはそのせい?
イヤ、しょうちゃんにも態度がデカいから、それは違うか・・・
ボクは、煮干しを食べ終え満足した。
子育てって大変なんだね。
育てる方も大変だけど、育てられる方もウカウカしてはいられないみたい。
三人の、「子どもがいないことに気がつかなかった事件」の話はいつの間にか終わったようだ。
話題はしょうちゃんの進学のことへと変わっている。
ボクの中でも、三人の声は子守唄のように聞こえ方が変わってきた。
ママは何事もなかったかのようにお代わりのコーヒーをゆっくり口にしている。
ボクは散歩中にリードが外れたことに気づかずにドンドン先に行っちゃうママを思い出していた。
散歩の時、ママを当てにはできないな。
リードが外れないように自分で気をつけなくちゃ。
そう決心しながら静かに目をつぶった。
今日も最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
また次のお話にお立ち寄り頂けると嬉しいです。
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