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第26話 た―くんはお行儀がいい?気が利いてる子?

しょうちゃんを迎えに行っていたママが帰ってきた。

今日は、た―くんがお家に来ている。

た―くんはしょうちゃんのお兄ちゃん、大学生だ。

つまりママの子どもだね。

大学の近くで一人で暮らしているけど、今日はここに帰って来たんだ。



た―くんは人間なのにあまり話をしない。

ママが何を聞いても、あーとか、うーとか返事にならない声を出すだけなんだ。


ママとしょうちゃんはた―くんが来ているから、玄関のドアを開けるなり急いでお家に上がってきた。

二人とも出迎えたボクをひょいとまたいで廊下を急ぐ。

ボクは、二人に声もかけられず、ひとり玄関に取り残された。



手持ち無沙汰になったボクはあることに気が付いた。

玄関に残されたママとしょうちゃんの靴。

右と左があっちこっち飛んでいる。



次にボクはたーくんの靴を見た。

布製の大きな靴が、左右きちんと揃えられて、つま先はドアの方に向いている。

しかも玄関の隅に置いてあるから、二人が靴を脱ぐ足元の邪魔にはならなかったんだ。



ボクはたーくんを振り返る。

相変わらず、ソファーに寝転んでスマホをいじっている。



ママとしょうちゃんがそれぞれ、荷物をかたずけてリビングに入って行った。

ボクはそれを見て慌て二人を追いかける。


ご飯だね。

さっきからいい匂いがしてる。



「腹減ったー」

た―くんはだるそうにソファーから起き上がり、伸びをしながら、初めて人間の言葉を口にした。

そしてダイニングテーブルのイスに腰を下ろす。



ボクもみんなの隣にある、いつものカウンターチェアーの上に置かれた。

テーブルにはママが用意した、おいしそうなごちそうが並んでいるのがここからならよく見える。


サラダ

鳥のから揚げ

煮物

ご飯とみそ汁


ママはお料理をがうまい、しかも作るのも早い。

しょうちゃんの毎日のお弁当もあっという間に作っちゃうんだ。



ママとしょうちゃんもイスに腰を掛ける。

するとた―くんは、何を思い出したのか、イスから立ち上がってリビングの奥の和室に向かった。

そうして、た―くんの大きな荷物の中から、何かを持ってきた。


その様子を二人は黙って見ている。

持ってきたのは小さな四角い箱。

た―くんは、黙ってそれをママに差し出した。

っていうか、ママの顔の前に突き付けた。

「なあに?」

とママが尋ねながらその箱を受け取る。



た―くんはそれには答えず、再び椅子に座る。

ママは、その箱を開けてみる。

すると、箱の中には、紙に包んだお菓子がきれいに並んでいた。



「あら~。おいしそう!うちでもらっていいの?」

ママの問いにた―くんは


「とーちゃんところにも買ってきた。」

ん?父ちゃん?

ボクは、その「とーちゃん」という言葉に耳をピンと立てなおした。

これまで、二人の会話には出てこなかった言葉だったから。



た―くんは、ママの質問には答えていない。

お菓子をもらっていいのかどうか、っていう…。

ボクは、この親子の会話が、これで成り立っていることが不思議に思えた。



「タケシ、気が利いてるね」

と、しょうちゃんが、サラダにドレッシングをかけながら大きな声で二人の話を割ってきた。

タケシというのも初めて聞くことば・・・。

た―くんはしょうちゃんのお兄ちゃんのはず。

なのに、お兄ちゃんとは呼ばずに「タケシ」と呼んでいる。



た―くんは、妹にほめられて、口に入れた、から揚げを噛みながら、

あ~

と低い、言葉にならない声で答えている。



「ありがとう。ご飯が終わったら食べようね。」

ママが嬉しそうにその箱をキッチンに持って行く。

ボクはキッチンへ向かうママの後ろ姿を追いながら、

「父ちゃん」という言葉をアタマの中で繰り返した。



ママがすぐに戻って来たので、ボクはテーブルの上の、から揚げをもらうことを忘れていたのに気がついた。

た―くんも、しょうちゃんもすでに勢いよくから揚げをつまんでいる。



マズイ!

ボクは慌てて鼻をクンクンさせた。


しょうちゃんとた―くんは、から揚げを自分の口に入れるのが忙しくて、ボクにはくれそうにない。

ボクは思わずママを見て、両前足をモジモジさせてみた。



ママはそんなボクに気が付くと、

「野菜からね。」

と何やら葉っぱを目の前にぶら下げる。

ボクは、その葉っぱから目をそらす。

だ  か  ら…。

ボク、肉食なんだよね。


ママはどうもボクを人間の子どもと勘違いしてる。

いつもボクには必要のない葉っぱを、先にくれるんだ。


ママは葉っぱから目をそらすボクを見て、それを自分の口に入れた。

空いた手でから揚げをつまみ、衣の部分を器用にはがし、肉だけを分けてくれた。



衣もおいしいんだよね。

と思いながらも、ママの差し出したとり肉を急いでくわえた。

そして勢いよくゴクリと飲み込み、またママの顔を覗き込んだ。

ママは必ずお代わりをくれる。



「しょう、お前、大学は決まったのかよ」

食べるペースが遅くなったた―くんがしょうちゃんに話しかける。


「うん、決まったよ、だいたい。秋田に行く!」

しょうちゃんは食べ終わったお茶碗を重ねながらそう答えた。



た―くんの質問がそれで終わってしまったので、ママが口を開く。

「そこに受かったら、しょうちゃんもすぐに引っ越しの準備で忙しくなるね。た―くんも大学が決まったと思ったら、あっという間に行っちゃったよね。」



ボクは、それを聞いてハッとした。

しょうちゃんは、もうすぐここからいなくなるんだ。

遠いところへ行くらしい。

た―くんのような大学生になるんだ。


大学は怖いところではないのかもしれないけど、しょうちゃんはもうすぐここからいなくなるのか。

ボクはあらためて、スマホをいじり始めたしょうちゃんを見た。



しょうちゃんは、ボクに気が付くと、お皿の上にひとつだけ残ったから揚げを口に入れた。

それを前歯でかんでちぎり、半分にしたものをボクにくれた。

ボクはしょうちゃんにかける言葉を探したけど、何も出てこなかった。


とりあえず、しょうちゃんのから揚げを急いでくわえた。

そしてそれを飲み込みやすいように口の中で転がして、ゴクリと飲み込んで準備した。

これから始まるみんなの話を集中して聞けるように。





今日も最後まで読んで頂きありがとうございます。

また次回お会いできるのを楽しみにしております。






















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