第4話 はじめまして 飼い主さん
ペットショップから、車に乗せられて飼い主さんのおうちに着いたよ。
お部屋に入ったけど、ボクは相変わらずキャリアケースの中にいれられたままだ。
娘さんとお母さんは、ボクを入り口に置いたまま、お出かけ後のお片付けに忙しそう。
物が動く音や、二人とは違った人の声もする。
ボクのことは忘れているのかもしれない。
狭いケースの中で、何か危険を感じたら噛みついて逃げようと身構えていたボク。
長い間放置されて、少し緊張が途切れてきた。
このキャリアケースの中ならとりあえず安心だ。
そう感じて、低くしていたからだを持ち上げた時、足音が近づいてきたかと思うとボクはケースごと宙に浮いた。
娘さんの方がボクをを持ち上げて何歩か歩いたのだ。
その動きが止まらないうちにボクのケースは床におろされた。
いよいよだ!
再び緊張が走る。
危険かも!ボクはとっさに姿勢を低くしてすぐに動ける態勢に。
すぐにケースの扉が開いて、
「ポッキー」との呼びかけ。
あ、ボクの名前だ。
続いて「おいで」という娘さんの声。
お母さんの声も。
「ポッキーちゃん」
ボクは身構えた体を急にどうしてよいかわからずにそのままでいた。
二人は扉の外から呼ぶだけでボクの体には障ってこない。
危険ではなさそうなので、体の筋肉は一気に弛緩する。
でもやっぱりどうしてよいかわからない。
今までとは違った臭い。
嫌な臭いではないけど、この二人とは別に危険があるかもしれないぞ。
ボクがさっきまでいたお店の、いつもボクを威嚇してくる、あのいばりんぼうの大きなヤツとか。
そんな威嚇の声も臭いも感じないけど。
どうしよう。
ボクがいろいろ考えていると娘さんが「おいで」とボクの頭を撫でた。
それは優しい感覚だった。
大丈夫そうだ。ボクは直感した。
ボクはひと呼吸おいてから、そうーっと前足を扉の外に出してみた。
さらに娘さんがボクの頭を優しく撫でた。
何も起こらないみたいだ。
だけどやっぱり怖いのには変わりはない。
ボクは恐る恐るもう一方の前足を踏み出す。
そうしたら、娘さんがボクのお腹に手をまわし、ボクを引きずり出した。
反射的に拒んだが、娘さんの力には勝てない。
ボクはあっという間に娘さんに抱っこされた。
こんなにぎゅっと抱っこされたのはいつぶりだろう。
その感覚に攻撃本能が薄れ、ボクはやっと安心したのだった。
そしてボクを持ち替えて、両手を高く持ち上げ「ポッキー」とボクの、決まったばかりの名前で呼びかけた。
再び、自分の胸にボクを引き寄せる。
おしりを支えてくれないからちょっと落とされそうで、つかまれた胸も苦しい。
それはそれで怖い気もした。
それまで顔を寄せていたお母さんがボクを黙って娘さんから取り上げて抱っこした。
お母さんの方が抱っこがうまい。ちゃんと安定する。
おしりを支えてくれてるからだな。
抱っこはこっちの方がいいな、とボクはそっと思った。
お母さんが静かにボクを床に下ろす。
すると二人の顔が同時に目に入っってきた。
攻撃されないことはわかるけど、あまりの近さにボクはどこを見たら良いのかわからない。
オロオロしていると、また娘さんがボクを抱っこ、というかボクの胸を両手で持って自分の膝の上にボクを向かい合わせて立たせた。
「びっくりしてるよね。知らないところに来ちゃって」
ボクに言ってることなのか、お母さんに言っていることなのか、それとも娘さん自身に言っているのか、誰にともとれる話し方だ。
ボクは本当にその通りだと思うけど人間の言葉は話せないから黙ってるしかない。
お母さんが、すぐに「そうだよね」とボクに代わって言ってくれたよ。
それにホッとした。
娘さんはよく見るとボクが思っていたより若いみたい。
さっきまでボクがいたお店では、娘さんは店員さんともお母さんとも静かに話してた。
だから大人の人かと思っていたけど、もうちょっと下なのかも。
ここでは、お店で会った時より元気があるし、キャラキャラしてる。
お母さんの方はお店での雰囲気とはあまり変わらないみたい。
家族はこの二人だけなのだろうか、ほかの人臭いは今のところしてないけど。
この場所に来る前に聞こえていた、二人とは別の人の声は、この大きな箱の中から出て来ない。
だからいくら声が聞こえても危険はなさそうだ。
でも、この二人の他に怖い人がいたらヤダな。
それに先に飼われてるヤバいヤツがいないとも限らないし。
何にしても今のところは安心していいのかも。
娘さんがボクのご飯とお水を用意してくれた。
お店で食べてたものだ。ご飯を入れる器も見覚えがある。
そうか、これらを準備してたから出発まで時間がかかったし、おうちについてからも、バタバタしてたのか。
今、ご飯をもらってもあまり食べたくはないな。
なんだかすっかり疲れたよ。
のどが乾いてたからお水はいっぱい飲んだ。
お店にあるのと同じでなめれば出るタイプだからちゃんと飲めたんだ。
せっかくだから、ご飯も少し食べたけどね。
お母さんが、「ポッキーここに入ってみる?」
と言って連れてきてくれたのが、このケージ。
お店のケージと同じくらいの大きさだけど、あそこは他のヤツらも一緒だったから、ひとりでいるには大きいかも。
おしっこシートもあるけど、これは使ったことがないからな。
ボクがケージの中でウロウロしていると娘さんがボクをつかんでソファに座り膝の上に置いてあちこち触ってくる。
触られるのはキライじゃないけど、この場合、じっとしてるしかないもんね。
お母さんも娘さんの隣に座ってきて、ボクは二人の間を行き来して遊んだよ。
思わず甘噛みをすると「甘噛みダメ!」って大きな声で言われるけど噛むのはボクら犬の本能だから止められないんだよね。
今日も最後まで読んで頂きありがとうございました。
また次回お会いできたらうれしいです。