北朝鮮の防疫拠点化した空軍基地の原状復帰~コロナ後に向けた動き~
亜覧澄視、小泉悠(@OKB1917)
はじめに
北朝鮮は2020年から世界で猛威を奮った新型コロナウイルスに相当早い段階から国境を封鎖して、事実上の「鎖国」政策を選択したことが知られています。ただし、経済では中国からの物資の輸入に大きく依存している以上、ウイルスの国内流入を防ぐために貿易がストップすることは、いくら北朝鮮でも死活問題となります。
そこで、北朝鮮は中朝国境付近に防疫拠点を設け、そこで輸入した物資を一時的に保管・除染措置を施した上で国内に入れるという対応を図りました。場所は中国の丹東市と鴨緑江を挟んで接する北朝鮮北西部の新義州市にある義州空軍基地を転用、滑走路に倉庫が建設されて配備されていた飛行機は別の基地に移動される措置がとられるという大がかりなものでした。
ところが、今年9月末になって防疫拠点内の倉庫が解体されたほかに飛行機が戻るなど従来の空軍基地として復帰する動きが衛星画像で見られました。この動きはコロナ渦における北朝鮮の防疫体制及び人や物資の往来規制が解除される大きな兆候と思われますので、ここに紹介します。
義州空軍基地とは
まず、防疫拠点が置かれた義州空軍を説明します。この基地は中国国境(鴨緑江)から僅かに約2kmしか離れていない場所にある最も国境に近い場所の空軍基地であり、相当前から約25~30機程度のIl-28爆撃機と(用廃機または囮と思われる)MiG-21戦闘機を配備していることで知られています。中国からも望遠レンズさえ使用すれば目視できるため、かつては同所から撮影された基地の画像が日本でも取り上げられたことがあったほどです。
Il-28爆撃機
航空機・軍事マニアからすると、北朝鮮は世界最後のIl-28爆撃機運用国としても有名です。今回の義州空軍基地はこの爆撃機の拠点でもあったことから簡単に説明します。
旧ソ連が開発した中型爆撃機で主に冷戦期の東側や北朝鮮を含む第三世界諸国で活躍し、中国ではH-5という名で生産されました。Il-28は初飛行が1948年という旧式機ですが、北朝鮮では貴重な対地攻撃能力を有する機体として現在でも運用されています(北朝鮮はこの爆撃機を対艦巡航ミサイルや誘導爆弾の搭載機として活用するのではという意見があるものの、明確な証拠や兆候はありません)。
北朝鮮は、2024年現在で通常型のIl-28と偵察型のIl-28Rを合計で60機程度保有しており、義州空軍基地と長津空軍基地、そして宣徳空軍基地に配備していいることが衛星画像で確認されています。
この機体についての詳細はこちらをご覧ください。
義州空軍基地の防疫拠点化
新型コロナウイルスが世界で猛威を奮っていた中の2021年3月、北朝鮮は最高人民会議常任委員会で輸入物資消毒法を採択・施行しました。これにより、輸入物資を国内に流通される前に国境直近の消毒施設で(外国で付着したウイルスの死滅を待つための)一時的に保管・除染措置を図るということになったわけです。
新義州市は中国と鉄橋で繋がっている主要な貿易拠点であることから、貿易拠点の設置は言うまでもありませんが、その場所として白羽の矢が立てられたのが義州空軍基地でした。場所が比較的郊外である上に(基地なので)フェンスで周囲と隔てられていることから、拠点として活用するには適当だったと考えられます。
この基地が防疫拠点となってからは、①Il-28の移動、②基地内に倉庫らしき建物の新設、③外部と基地を往来する鉄道路線の新設、④物資の保管、が衛星画像でも確認できました。②以降の詳細はこちらをご覧ください。
義州空軍基地の防疫拠点化に伴い、配備されていたIl-28爆撃機は中部の長津基地と日本海側の宣徳基地へ移動したことが衛星画像で確認されています。特に後者はAn-2輸送機の基地であったため、2021年以降に確認されたIl-28は全て義州から移動されたものとなりますが、これは相当数の旧式機を約280kmも移動させたことになるわけですから驚かされます。Il-28「大移動」の詳細はこちらをご覧ください。
防疫拠点化の終焉
2024年9月23日、北朝鮮専門のNKニュースで義州空軍基地が防疫関連の施設の撤去を進めているという報道がなされました。これを受けて筆者が衛星画像で確認を進めていましたが、10月に入って9月28日に撮影された衛星画像でIl-28爆撃機の再配備を確認できました。
百聞は一見に如かず、ここからは衛星画像を確認していきましょう。
衛星画像では、21年以降に基地に設けられた建物が土台ごと撤去または解体されているほか、Il-28爆撃機17機が再配備されていることが判明しました。また、滑走路に白線が再び引かれるなど空軍基地としての復旧が進んでいる様子が見受けられます。
義州空軍基地が「原状回復」していることは明らかとなりましたが、Il-28爆撃機が戻ったということは宣徳基地から移動したことを意味するでしょうか?残念ながら宣徳基地が最近撮影されたのは9月25日のため、まだ判断はできません(長津基地は数年前から更新が途切れているため検証不可)。
最近の宣徳基地ではIl-28が16機しか存在しないため、義州基地に17機いることは数が合わないと思われる方がいるかもしれません。ただし、4月までにはこの基地に17機存在していること、同時期に北朝鮮中部の方峴空軍基地に1,2機存在することが確認されていることを考えれば、宣徳と方峴から義州基地へ「帰還」したと見るのが自然ではないでしょうか。
おわりに
今回の動向は超旧式と言える機体(それも大量)をフライアブルに維持するという朝鮮人民軍空軍の能力も垣間見ることができました。
筆者は北朝鮮の貧弱な防疫・医療体制を踏まえると義州空軍基地の防疫拠点化は永続的なものと考えていましたが、その推測が外れました。すでに外国人を受け入れ始めていることも考えると、今回の動きは北朝鮮としては「コロナ後」を見据えた防疫体制の緩和を徐々に進めている特異な兆候と言えます。そうすると近い将来は中国との貿易がコロナ前へ回復していくことになるでしょうが、制裁違反も堂々と陸路で行われていくだろうことも想像できるため、今後の動きに目を光らせ続けておく必要があることは言うまでもありません。
追記
10月2日に宣徳空軍基地を撮影した衛星画像を精査したところ、駐機場のIl-28爆撃機が2機しかなく、おまけにもう1機は滑走路上で離陸直前の状態となっていることが確認できました。
この基地からIl-28が移動したのは事実ということになりますが、問題は義州で17機戻ったのが確認された衛星画像が9月28日に撮影されたことです。どうしても日付と数に矛盾が生じます。
考えられるのは、①方峴空軍基地にいた数機も移動して合流したか、もしくは②長津基地からもいくらか移動した、③(距離的な問題で)宣徳から長津へ17機が移動することになったので、長津に配備されていた機体を義州へ「押し出した」のいずれかとなるでしょうが、答えは長津基地の衛星画像が更新される日まではお預けとなりそうです。
参考資料
北朝鮮、基地に旧式爆撃機並べる/戦闘姿勢誇示か https://www.shikoku-np.co.jp/national/international/20130412000550
North Korea Attempting to Reverse COVID-19 Border Shutdown with Import Disinfection Facilities https://beyondparallel.csis.org/north-korea-attempting-to-reverse-covid-19-border-shutdown-with-import-disinfection-facilities/
The North Korean Air Force: fated to have an eternal aircraft inventory? https://www.iiss.org/online-analysis/military-balance/2021/06/north-korea-air-force-inventory/
北朝鮮、輸入品を消毒する大規模防疫施設を増設へ https://news.livedoor.com/article/detail/21783547/
最高人民会議常任委第14期第13回全員会議開催 https://chosonsinbo.com/jp/2021/03/4-13/
North Korea restoring runway at key airbase dismantled for COVID disinfection https://www.nknews.org/pro/north-korea-restoring-runway-at-key-airbase-dismantled-for-covid-disinfection/%E3%81%84%E3%81%A3
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?