「腐るまで待って」第1話【note創作大賞2024】
第一話
――基本的には私が質問しますので、それに答えていただくだけで結構です。それでは撮影を始めてもよろしいですか?
答えに困ったらどうすればいいですか?
――途中で止めても構いません。編集をしますので、気軽に答えてください。動画が完成したら、公開前に藍一さんにもチェックのために送る予定です。気になった点はご指摘ください。
だったら安心ですね。
――では、はじめさせてください。お店は毎日行列、オンライン予約が半年待ちのケーキ屋として有名な【パティスリーサキ】のパティシエ兼オーナーでいらっしゃる歩田藍一さんにお越しいただきました。
はじめまして。今日はよろしくお願いします。藍一と呼んでいただいて構いません。
――では、藍一さん。このチャンネルでは、未解決事件や理不尽な出来事について当事者の皆様の声をお聞きして、真実を追求していくチャンネルとなっております。今日は藍一さんに結婚を決めていた恋人を何者かに殺されてしまった事件についてお話をしていただきます。
よろしくお願いします。
――まずは夕那さんとの出会いからよろしいでしょうか。
その日も僕は店にいました。店の周りは歩いてすぐの山で、通常はそれほど暑くありませんが、その日は例外的に暑かったです。畑のラズベリーが気になり、収穫するために一時的に店を閉じて畑へと向かいました。そうなんです、僕の店のケーキは、両親が育てた自家製の果物を使っていることが自慢なんです。
山道は木々に囲まれていて、日差しはそれほど強くなかったのですが、湿気が高く、Tシャツを脱ぎ捨てたくなるほど暑かったです。突然、何かが目の前に落ちてきました。その音に驚いて転んだ私は、ゆっくり立ち上がり、擦り傷を負った肘を押さえながら、落ちてきたものに近づきました。それは白いTシャツと短パンを着た女性で、落ちた勢いで乱れた長い髪が彼女の体に絡みついていました。
何が起こったかわからず木の上を見ました。木の枝にロープが一本ぶら下がってました。だから僕は自殺に失敗して落ちてきたのだと思いました。慌てて彼女のもとに駆け寄り、声をかけました。右足が不自然な角度に曲がっていました。明らかに折れていると思いましたが出血はなく、彼女も痛みで声を上げているようなことはしていませんでした。だから彼女が既に亡くなっているのではないかと思いました。
しかし、突然彼女は立ち上がりました。そして、不自然に曲がっていた足をおもちゃ箱の人形の足を直すようにゴキッと正しい位置に戻しました。何事もなかったかのように乱れた長い髪を一つに束ねてポニーテールにした後、すみませんと言って深く頭を下げました。
――彼女は何をしていたんですか?
彼女はロープを使ってヨガをしていると言いました。ぶら下がりながらヨガをすると、より集中できるとのことです。彼女は木の上に住んでいると言い、木の上を指さしました。その先には枝が重なり合って、子供の秘密基地のような木造の小屋ができているのが見えました。
彼女は、驚かせてしまい申し訳ないともう一度頭を下げました。そしてすりむいていた僕の肘に丁寧に絆創膏を貼ってくれました。その時、彼女の指が僕の手に触れたのです。こんなに汗ばむような日差しの中でも、彼女の指はまるで生魚に触れたかのように冷たかったです。
――生魚、ですか。
そうですね。彼女に血が通っていないのは一瞬で気づきました。でも、彼女のその姿は人間と瓜二つ、いや、人間そのものでした。彼女は笑うと頬にえくぼができるんです。僕はそのえくぼに一瞬で心を奪われました。一目惚れです。三十を過ぎて学生のようなことを言って恥ずかしいんですけどね。でも彼女は何度も頭を下げた後、山の方へと去っていきました。
まさかと思いました。遂に僕達の町にも彼らがやってきたのかと。
――この街には、まだいなかったんですか?
はい。都会の一角に仲間で集まって特区を作っている事は聞いていました。だからこんな田舎にはいないと思っていました。
この町には反対派の団体がいて、駅前で毎日抗議デモをしています。そのせいでこの街には居場所は無いだろうと。僕には彼らを差別とかをするつもりは無かったです。しかし、ゾンビが恋人になるとは思ってませんでした。
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