大道芸人の理論武装の試み(1992年4月)抄①

大道芸人の理論武装の試み(1992年4月)抄①

◆原作『大道芸を愛する皆さんへ2/何故「大道芸」にこだわるのか?/大道芸人の「理論武装」の試み(1992年4月)』から、前半部分をここに収める(適宜省略、短縮する)。

[原作はタウン誌「ハマ野毛」第二号平成四年(1992年)六月三十日発行に全文掲載(後、ヨコハマB級譚『ハマ野毛』アンソロジー一九九五年二月四日発行に再掲)。]

「理論武装」などというとちょっと堅苦しいが、これはとても大事なことです。日々の稽古に追われ、仕事場さがしに追われ、警官に追われる身の私たちには、肌で感じ体で考える機会は多いのですが、頭で緻密に考える習慣も今後益々必要になってくると思うのです。そして、これは私たち大道芸人の努力だけでは十分ではありません。各方面の専門家の皆さんの御協力も是非必要です。しかし、先ず私が試みることにします。

とくに芸がうまく行ったとき、よくあるお客さんからの激励のひとつに、『笑って○○○○!』に出たら絶対うけるよ、頑張って! というのがあって、お気持ちは嬉しいが、返す言葉を無くしてしまう。私はテレビで売るためのステップとして大道芸をやっているわけではない。お巡りさんは、やりたければどこか劇場を借りてやれと言うが、私は劇場でもテレビでもやれないことだからこそ「大道」で演じているのだ。

大道芸はステージの上で演じる演劇とも、カメラの前で演じる演劇とも違う固有の演技法、演出法を持ち、固有の可能性を持っているのだ。

三つの点を強調したいと思います。

第一に、大道芸は劇場での芝居と違い、周囲360度のお客さんを相手にしなければならないということ(或いはそういう大道芸が多い、大道芸にも実に様々なケースがありますから)。

我が国で所謂〔いわゆる〕「演劇」は、かなり前衛的なものでも、額縁舞台に収まるものが基本です。全ての観客が同時に、同じ「絵」を見ているというのを前提に演出します(まるでテレビ画面のように)。演出家は客席中央の「招待席」に腰掛け、役者たちの立ち位置をきびしくチェックしなければなりません。

大道芸は違うのです! こっちのお客さんはハラハラしているのに、反対側のお客さんはそれを見て大笑いしていることだってあるのです。つまり、そこに起こっている劇的な出来事の総体は全観客が共有していても、見る角度によって出来事の受け取り方は違っていたっていい。ここに大道芸の演出の難しさがあり、又逆に面白さもあるのです、近代演劇の手法が通用しないことがしばしばあるのです。美術でいえば、「絵画」と「彫刻」の違いといいましょうか……?

ニューヨークのワシントンスクエアでは、夕方、直径25mの水の涸れた噴水のへりにお客さんたちが腰かけて、噴水の中で上演される大道芸を楽しみ、時々、野球場でやるウェーブをやって大道芸を盛り上げたりしています。

第二に、大道芸人は一段高い舞台に立っているのではなく、お客さんと同じ地面に立っているということ。これは単に舞台が無い粗末な演劇だということではなく、演劇としての別の豊かな可能性をも示しているのです。

劇場での芝居で、役者さんがハプニング的に客席に降りたり、お客さんを舞台に上げてしまったりするのと違って、大道芸では舞台と客席とは初めから段差がありませんから、お客さんが劇に参加したり、芸人が劇から降りてしまったりすることがむしろ自然なのです。

例えば、私の代表作『世界の美術』のピカソの「ゲルニカ」は群衆画ですから、私ひとりではできません。お客さんの中から有志を募り、私を含め六、七人で演じます。この、街頭演劇への観客参加の例は、世界の大道芸シーンでは枚挙にいとまがありません。このような日本の大道芸からの例はごく初歩的なものです。

以上、①周囲360度に観客がいる、②観客と芸人が同じ地面に立っていることが大切だ、では「どこか劇場でなくともフリースペースを借りて、同じ条件をつくってやれ」という御意見もあると思います。私はそこも譲れない。③「大道」でなければダメなのです。

第三に、大道芸は、人工的なかきわりではなくこの街そのもの、この世界そのものを舞台装置にしているのです(ここが一番説明の難しいところなので、少し念を入れます)。

私の出しもののひとつに、ひとりの通行人が四方を見えない壁に囲まれて、出られなくなり困っている、360度の群衆はなぜか誰も助けてくれようとはしない、ニヤニヤ笑って見ている(最後は壁が迫ってきて圧し潰されてしまう)、という悲劇的な主旨の作品がありますが、このとき、不注意な本物の通行人が私の「舞台」を横切ってしまう(壁を通り抜けてしまう)ことがあります。これはお客さんの笑いを誘い、出しもののディテェールを豊かにしてくれるだけでなく、「他の人たちは無事なのに、自分だけどうして?」と悲劇性を深めてくれる効果も持っているのです。

街頭ならではのアクシデントを上手に作品の中に消化するのが、大道芸人の腕の見せどころで(勿論うまく消化できないこともあるので)すが、この手法を閉じられた貸し切り空間で再現しようとすると、エキストラを使わなければならない、わざとらしいだけでなく効果も激減します。

『蝶々とり』というマルセル・マルソーの原作を私が大道芸向けにアレンジしたものがあります。これをクリスマスの、寒さが本当に身にしみはじめる頃に、ハチ公広場で上演しなければならない。作品の主旨は別にあるのですが、この場合「真冬のハチ公広場に、しかも排気ガスで汚染された大都会に、いるはずのない蝶々がやってきた」というニュアンスを、もうひとつ大切にします。こういうときのこの寒さや本物の自動車の騒音などは、密閉された空間では再現できません。

(何故「大道」でなければならないか、現実のこの街、この世界を舞台装置にしなければならないのかという例を、もう少し)。

私が最も敬愛する大道芸人ギリヤーク尼ヶ崎さんは、芸が佳境に入ると必ず、自分のつくった人垣を捨ててどこかへ行ってしまう。

私が見たのは、冷たい雨の降る観光客も少ない熱海のパフォーマンス・フェスティバルでした。『念仏じょんがら』という作品です。死を目前にした老婆が狂ったように祈っている。そのお婆さんが私たちを置いて、ヨタヨタと外の世界へ出かけていく。そして、私たちの知らない街のどこかで何か大騒ぎをし、例えば冬の海にとびこんでずぶぬれになったりしながら、何分間かのはるかな旅を終え、今度は川べりの堤防の上を躍り狂いながら帰ってくる。はらはらしながら見ていたので、皆ものすごい拍手と声援で迎える。泣きだしてしまう人もいる。カセットデッキから流れる津軽じゃみせんを伴奏にたった一人で踊っているのに、今まで私たちの知らないところで、日本の歴史の闇の中で、いろんな人たちが生きたり、泣いたり、悔いたり、死んだりしてきたことが、目に見える様な気がする。どんなかきわりよりも、この雨に濡れた街そのものが大道芸の大切な舞台装置であり、私たちの生きているこの世界が大道芸の大切な「部分」なのです。

演劇は劇場を出たら終わるのではなく、本当は劇場の外の世界に、どこかでつながっていなければならないのではないか?

この現実の都市生活そのものを背景にしなければ成立しない大道芸の例として、最後に比較的軽いものをひとつ。フランスのカフェの前などで良く見られるミーム・スィヴールの例です。軽い、と言っても、「大道芸とは何か?」を考える上では度外視できません。そしてこれは日本のフツーの「演劇」観では捉えきれないものです。例えば、この劇はフツーの演劇興行の様にチラシを刷り、予告をして観客を集めることができない、逆に、人だかりができてしまうと「劇」は終わるのです。

はじめ、カフェのテラスに座っている人たちを観客にし、カフェの前を通過する通行人のあとをつけて歩いて、その人の歩きぐせを真似したり、罪のないいたずらをする。面白いので、そのうち歩道の上にも少しずつ観客の「輪」ができていく。その輪が完成してしまうと、この劇の上演に気づかない通行人はいなくなってしまう。これで「幕」となります。芸人は歩道の上の人たちからだけでなく、専有地であるカフェテラスの中にまで入って行って、テーブルをひとつひとつまわりカンパをもらいます。

このミーム・スィヴールにもやはり上手、下手があって、極めつけの例で、人垣ができてしまうと、そこから輪をかけた次の芸を始める年輩の芸人さんがいます。毎年アヴィニヨンの演劇際で一緒になります。フランスの演劇文化(大道芸文化)の豊かさ、奥の深さを感じさせます(これは別の機会にご紹介しようと思います)。

[注:この「大道芸人の理論武装の試み(1992年4月)抄①」は「ハマ野毛」第二号に掲載された原作に依った。但し、これには掲載作業に当たっての若干の不手際、また不適切、不都合な改変があり、これらは第一次原稿を参照しつつ訂正、或いは改変前のものと改変後のものとを折衷するなど、修正した。またその際、傍点は割愛。段落をより細分。適宜段落、文、語句、記号を削除し短縮。また語句他を数ヶ所、敢えて改変した。括弧〔 〕中は振り仮名である。この「抄①」の公開は2021年1月4日。]

【「大道芸人の理論武装の試み(1992年4月)抄②」につづく】


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https://note.com/tarafu/n/n6db2a3425e5c




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