僕の、新しい旅の始まり、一九九八年・夏 ❶/六分割

[縦書き発表用]

(注:括弧〔 〕は漢字の振り仮名、また欧文の振り仮名の指定。)

 大道芸人・雪竹太郎 ― 私の、十一年目の夏の旅は(六月三日、成田発)、初めての一人旅となりました。イクヨが、勉強をし直したいと、或る学校への入学を果たし、その最初の学期の試験と補講の終わる八月初めまで、旅に合流できないのです。八月初めにパリで再会、一ヶ月ほど旅を共にし、そして彼女は、この夏の課題提出と秋の学期の準備のために、九月の初め、私よりひと足先に、日本へ戻ることになります。私・雪竹太郎・本人は、十月の初めまで、ヨーロッパに留まります。 

 このように、この四ヶ月間の旅の約四分の三を一人でこなし、その間の食費・宿泊費・交通費(はもちろん!)、また酒代・たばこ代など多少の贅沢〔ぜいたく〕費、これらを全て現地調達。しつつなお、それより肝心・その前に、毎日の、食事・洗濯・身の回りの整理整頓、つまりは生活全般 ― 心と体の管理・整理・整頓を、全く自身で心がけねばなりません。 

 これは、実に過酷な旅です! 

 アムステルダムでは四万円の盗難に遇〔あ〕いました。アヴィニョンではフランス国家警察に、僕はこづかれ・拉致〔らち〕され・殺されるのかと危ぶみました。  

 ― Les Citoyens et les Citoyennes! S.V.P., gardez-moi! Je m'appelle Taro Yukitake, artiste de rue du Japon. J'habite au Camping Municipal St.Beneze. Je n'ai rien! Rien a cacher! S.V.P., gardez-moi! Supportez-moi!

〔― レ・シトワイヤン・エ・レ・シトワイエンヌ! シル・ヴ・プレ,ガルデ・モワ! ジュ・マぺル・タロー・ユキタケ,アルチスト・ドゥ・リュ・デュ・ジャポン。ジャビト・オ・カンピング・ミュニシパル・サン・ベネゼ。ジュ・ネ・リヤン! リヤン・ナ・カシェ! シル・ヴ・プレ,ガルデ・モワ! シュポルテ・モワ!〕

 ― 市民の皆さん(男たちよ、女たちよ)! お願いだ、僕を守って! 私は、日本からやって来た、大道芸人タロウ・ユキタケ。聖ベネゼ・市営キャンプ場に宿営している。私にはかくすものは何もない! どうか、私を守ってください! 私を、支えてください! 

 こんな私の新しい旅の始まりの記録の、最初の数頁〔ページ〕を、旅先からの皆様へのご挨拶〔あいさつ〕に替えて、お送りさせていただきます。 

 なお、記録は、六月二十三日・アムステルダム発、私の新しい・美しい友人J君への、私信のかたちで始まります。これは私の側の旅の事情、記録の都合によるものですが、J君のJはJapanのJ ― これをお読み下さるお一人お一人の代名詞…

 J君へ ―

 思いの他充実した、すみずみまで行き届いた生活、それにしても気の遠くなる程、長く感じられる一人ぼっちの時間、ときに大変に苦しい旅 ― 旅立ち間際に起こした腰痛が再発(暴発)、再々発。道具が・旅荷が引けない・担げない。シンガポールで医者に掛かる ― を重ねて、ようやくアムステルダムにたどり着きました。ここで、三日間の完全休養をとります。 

 昨日まで、後掲〔こうけい〕地図上、フォルメーリュム(Formerum)にキャンプを張り、ミッツスラント(Midsland)で毎日働き、そして、ヴェスト・テルスヘリング(West-Terschelling)の港からフェリーに乗って、オランダ本土に帰って来ました。オランダ本土を北海の暴威から守る防波堤のような島、テルスヘリング島(Terschelling Eiland)です。偏西風が絶えず吹きつけ、日に何度も小雨が降ります。

 Ⅰ 

 さて、お約束したお便りの最初は、でもやはりシンガポールのことにします。実は、僕はシンガポールが気に入ってしまった! これも思いの他。少なくとも、とても気にかかる人々と文化に触れました。シンガポールを、たぶんアジアを、そして世界をもっと知りたい、学びたい! 医者が止めてくれたなら、僕は喜んでヨーロッパでの仕事と宿をキャンセルし、十一日間ないし十六日間そこに居残る計画をたて、お金の計算までしてしまったのに、このインド人の若いお医者は、医者と言うより、清潔な・感じの良いビジネスマンのような対応・物腰で、すっかり僕を安心させ、飛行機に乗せてしまった。

 ― I miss Singapore!〔― アイ・ミス・シンガポール!〕

 ― I'll miss you ♡〔― アイル・ミス・ユー♡〕

 アシスタントのアグネスは、日本語を専攻している中国系シンガポーリアン。空港での出迎えから見送りまでの八日間、僕の代わりに荷を引き続け、僕を、心配し続けてくれました。

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テルスヘリング島地図

北海

北↑ 東→ 南↓ 西←

[地図紛失、要再掲]

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