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【駄文】作業療法士、とは

就職してからずっと考え続け、問いかけ続けている、「作業療法士って、何だろう」ということ。


FBである投稿が流れてきました。

林寛さんという理学療法士の方の投稿です。

先日の記事で少し触れた、

増え続けるセラピストと飽和する業界と診療報酬上の私たちの立場と、そういったものに対しての苦言を、先達の立場から真摯に、率直に伝えてくれていると感じたので。

一部引用・抜粋しながら、私の思いを綴ってみる。

<<リハビリテーションは,「再び適する」という語源から復権,或いは尊厳の回復という捉え方で構わないだろう>>

でも。

<<「リハビリ」するのは患者,対象者であって我々ではない.患者,対象者がリハビリテートしていく過程で,私たちを含む様々な職種が関わることになる.>>

リハビリは、能動的なものだと、私もそう思う。

それは、経験知として確かに私の中にある。

<<PTは医療の中で誕生し,発展してきた.OTは福祉の側面から誕生したものである>>

<<理学療法は,基本的動作能力を阻害する因子を予防,治療するものであり,純然たる医療である>>

<<作業療法は、障害はあってもより充実した生活を送れるように支援するという視点から,具体的な生活動作の工夫,改善を図るようになったものでしょう>>

<<本来の有り様は,疼痛や可動域制限,筋力や平衡機能などの改善を図るのが理学療法であり,それらがあっても充実した生活を送れるよう支援するために,具体的な生活動作を工夫,改善,援助するのが作業療法である.>>

こう言い切る一文を読んで、安堵した。

確かにかつて学校でそう習った。

今では、「障害があっても充実した生活ができるサポートをすること、障害と上手に折り合いをつけて生きる手助けをすること」が私の作業療法だと胸を張って言えるし、そう説明している。

でも、実習に出て、卒業して臨床に出て、それを患者さんへの説明として使うリハビリスタッフにはなかなか出会えなかった。

素敵な職場だったし、素敵な先輩と上司に恵まれた最初の職場だったと、今でも胸を張ってそう言える。

それでも、作業療法とはなんなのか、私は、理学療法士とどう違うモノなのか。

卒後1年目の夏を過ぎて、理学療法概論を自主的に購入する同級生、先輩、後輩の話をいくつも聞いた

「OTとは~ですよ」という定義づけから始まる研修。それは大体PTとの比較から始まって、そして「~」の箇所は講師によって言葉が違う。

今みたいに「私の提供する作業療法とは」という説明ができるようになったのは、ここ最近、この2~3年のことだと思う。

それだって、色んなOTと出会って、色んな話をして、聞いて、臨床経験も重ねた結果の「私の作業療法」なのかな、と感じていた。

「王道の作業療法」はいつだって人それぞれで迷子だった。

でもこれが王道なのだと、はっきり言ってくれる先達者がいたことに、驚いて、安堵して、そしてちょっとだけ悲しいと思った。

<<リハビリテーション料の算定はPT,OT,STの誰でも構わないという十把一絡げにされたことによって,専門性は否定された>>

今の私たちリハビリ職は集団迷子だ。

<<「リハビリ」は便利な言葉かもしれないが、安易に用い過ぎたことで,言葉の意味はなくなった.>>

本当にそう。

たとえば最近はやりの訪問リハビリマッサージ。

能動的に行うべきリハビリでマッサージされるだけの時間を過ごすなんて意味わからないよ。言葉が交通事故起こしてる。

<<PT,OTなどは個人による技量の差はない,リハの効果は量(時間)だとされた>>

<<同じ1単位でも私の1単位と,なんちゃってPTの1単位は絶対に同じではない>>

私の提供する1単位だって、他の誰かが提供する1単位と絶対に同じではない。

私たちは職能団体で、専門家で、クリエイターだ。

その資格を勝ち取ったのだから、内向きの発信ではなくて、外向きの発信は意識し続けないといけないと思う。

異論・反論含め賛否両論かもしれない。

でも私には勇気を与えてくれた投稿だった。





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