みんなちがって、みんなどうでもいい。
不定期で、「私が気になっていること、なんとなくぼんやりと考えてしまうこと」を言語化するためのかってなシェア会もどきをやってる。
今回は、落合陽一さんがかつて呟いていた、
『みんなちがってみんなどうでもいい』
から多様性と排他性について考えてみる会。
noteを貼り付けてはみたものの、多分この言葉と出会ったのはNewsPicksの配信がきっかけだったと思う。
その配信の中で、
多様性多様性って言うけど、多様性を追求しすぎると、と、それ以外は認めない、っていう結局、排他性につながるんじゃないか
っていうようなニュアンスのことを言っていて、それがずーっと耳に残ってたので。
結論から言えばとても楽しい夜だった。
流れとしては、
・なんでこのテーマでやろうと思ったの?
・自己紹介(名前/ふだんの仕事/人間関係におけるこだわり)
・テーマに沿ってフリートーク
グランドルールは、(会の目的自体が、私が提示したテーマについて他のひとの話を聞いてみたい、というところが出発点なので)相手の話を否定しないこと。
そんなこんなで出た話を参加者かつおともだちのりょーこさんが素敵にまとめてくれたのがこちら。
話す中で思ったのは、多様性の対義語って、本来は一様性、なんだよね(辞書調べ)
そして、排他性の対になるのは包括性。
でも、テーマとして、『多様性』と『排他性』を取り上げていて。
それはきっと、
多様であることは良いことだ、良いことだから、つまり正しいことだ
という文脈で語られるからなのかな?と。
だから、押し付けられているように感じてしまう。
だから、あんまり好きになれない。
そういうことなのかな?
でも、一緒にお話しした方々は、多分それぞれがそれぞれに私と似た『腑の落ち方』をしたり、違う解釈のままでひらめきを感じたり。
背景や前提条件が違うと見え方も変わってくる。
そういうのは楽しいね、うきうきするね。
だいたいそんな感じ。