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覚えてるよ

随分と高いところから
飛び降りたっていうのに
お父さんの死体は綺麗だった

「綺麗」と言っても
首の骨は折れてしまっていたみたいだけど

そこは葬儀屋さんが
首周りに大ぶりの花を置くことで
なんとか誤魔化して下さった

巷で囁かれているような
「ミンチ」とか「黒コゲ」とか
「バラバラ」とか

そんな目も当てられないような
状態にはなっていなかった

警察いわく

飛び降りた時に
近くにあった大きめの木に
一度引っかかってから着地したから

遺体の衝撃度合いは
だいぶ和らいだのではないか
ということだった

だから
田舎の親族たちのもとにも
比較的 綺麗な状態で返してあげることは出来た

小さな集落の中で
人目をどこまでも気にする祖母は
死因を「脳のビョーキだった」と言えと

「飛び降りで死んだことは
 なんとか誤魔化してほしい」と言った

父が死んだ事実よりも
祖母はそのことばかりに
気をとらわれていた

私も
どう振る舞ったら良いか分からず

自動再生ボタンを押すかのように
「脳の血管のビョーキで...」と
弔いにくる人たちに言い続けるしかなかった

人々の私を見つめる瞳は
悲痛と驚きと少しの好奇心で
硬まっていた

あと何日かで火葬されるというその日

首周りの違和感に勘付かれないように
比較的 深めに布団を被らされていた
父の遺体に不思議なことが起きた

口元がほんの少しだけ笑ったのだ

恐らく
死後硬直が解け
身体中の筋肉が緩み出したためだろう

一文字にぎゅっと結ばれていた
口元が少し開き
両方の口角が緩やかに
少しだけ上がっていた

パッと見ると
穏やかに
はにかんでいるようにさえ見えた

生きている間には
ほとんど見たことのない表情だった

生きていた頃の父は
何かに取り憑かれたように
いつも怒っていたし
その口元はみっともなく歪んでいた

怒りと劣等感でどうしようもなくなって

リスクを負うことなく
その衝動をぶつけることの出来る相手を

自分より弱い存在を
何とかこさえようと

そう、考えている
小賢しい人間の顔

目は血走って
必要以上に瞼を見開いていることが多く
瞳孔は光を失っていた

好きな高血脂な食べ物と
甘ったるい炭酸飲料とで膨れ上がった胴体に
そんな頭をくっつけていた父は
時々、本当に「鬼」のように見えた

いまだに
父のシルエットを思い出すのには勇気がいる

ゆらゆらと揺れる
でっぷりとした父の肉体

その肉体は
主人の意思を失って
あと少しで灰になろうとしていた

仏間に様子を見にやって来る
親戚たちも
その変化に気づき


「良かったなぁ」
「仏様のお顔になられたんだ」と
口々に言った


本当にそう?


あんなに暴れ狂って
色んな人を傷つけて
最後はヤケになって
自ら死を選んだような魂が


本当に仏様に迎え入れてもらうことなんて
出来るの?


それって

あんまりにも

虫が良すぎるんじゃ

ありませんか?



ニュッと上がった口角を見つめながら
答えのない問いを
腹の中でひたすら握りつぶしていた

遺体が完全に焼き上がるには
三時間近くかかった

あの大きくて骨太な肉体が
長いことアイスノンで保定されていたのだ

無理もなかった

黒い服を着た人の群れの中で
静かにその時を待った


今日みたいな
穏やかな秋晴れの日だった


あと少しで
あの日から十年が経つ

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