「寝取られ亭主、ヘーパイストスの復讐」
今回は炎と鍛冶の神、ヘーパイストスのお話です。
この絵は、ヨハン・ヘイスが描いた『アプロディーテーとアレースのベッドに神々を集めるヘーパイストス(1679)』です。
左の暗がりのベッドでもつれあう裸の男女が、愛の女神アプロディーテーと争いの神アレース、真ん中に立って彼らを指差すつるっ禿げのおっさんがヘーパイストスです。
雲の玉座に座るのは王のゼウス、横で「あれまぁ」といった顔でしっかりと情事を見つめるのは奥さんのヘーラー。
三叉の矛(トリアイナ)を持ったポセイドーンに、羽根兜のヘルメース、三日月マークのアルテミス、兜を被ったアテーナー、太陽の戦車でわざわざ駆けつけたアポローン、ベッド下にはアプロディーテーの息子エロースもいます。
一番後ろの席で鎌を担いでオペラグラスで覗いているおじさんは、もしや前王のクロノスでしょうか?
オリュンポスじゅうの神々が、不倫現場に集まってそうですね⋯⋯。
さて、このヘーパイストスという神ですが、ゼウスの盾アイギス、アポローン&アルテミスの矢、アキレウスの武具、青銅製のロボットタロース、おまけに人間の最初の女パンドーラーまで作ったという天才職人なんです。
ディエゴ・ベラスケスの描く『ヴァルカンの鍛冶場を訪れるアポローン(1630)』では、武器や道具を作っている気のいい鍛冶屋のおっさんという感じ。神々しいアポローンとはえらい違いですね。
ではなぜヘーパイストスが、冒頭の絵のような告発を起こしたのか?
発端はヘーラーとの間にあった確執でした。
足が不自由で見た目も醜い姿で生まれてきたヘーパイストスは、赤子の頃に母のヘーラーに海へ捨てられた過去がありました。
その恨みは大きくなってからも消えることはなく、ヘーラーを罠にかけて椅子の形をした拘束具で動けなくしてしまいます。で、拘束を解く条件として、天界の復帰と愛の女神アプロディーテーとの結婚を約束させたのです。
アプロディーテーは、最高位の女神の命令なのでしぶしぶ承諾しましたが、そんな無理やりな結婚だから夫婦仲がよくなるワケもなく、どうも肉体関係のない仮面夫婦だったようです。
しかし、性愛の神であるアプロディーテーが愛の営みをしないで過ごせる筈もなく、ほどなく軍神アレースと浮気を始めます。
不貞を知ったヘーパイストスは、ベッドに罠を仕掛けて二人を拘束し、浮気現場の立会人としてオリュンポスの神々を呼びつけたというワケです。
最初の絵ではあまり露骨に描かれてませんが、上の絵のように行為の最中をみはからって見えない網で雁字搦めにしたみたいです⋯⋯。
さすがにそこまでやる必要があるかと思いますが、幼少時に母親のヘーラーに捨てられたりと酷い仕打ちを受けていたので、精神が歪んでいたのかも知れませんね。(了)
*男女のシンボルマークの「♂」がアレース「♀」がアプロディーテーを表すというのも、この逸話を考えるとなかなか興味深いですね。
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