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COMPLETE | 第8話:完成体
#創作大賞2023 #小説 #連載小説 #ヴァンパイア #ファンタジー
↑ 第1話はこちら(第1話の先頭に全話の目次があります)
「Mission Complete.」
少し屈んだ体勢だった彼女の頭に突き付けた銃口から、対ヴァンパイア弾の光が溢れる。危ないところだったけど、なんとか任務完了だわ。彼女からはあまり敵意を感じなかったから、少し気の毒なことをしたけど……そう思いながら彼女を見ていると、普通は灰の様になっていくはずが全く消える気配がない。
「アタタタ……もう! 衝撃で禿げたらどうするのよ!」
「えっ!? なんで!?」
頭を擦りながらちょっと涙目な彼女。ペタンと座り込んでブツブツ文句を言っている。
「その弾はヴァンパイアにしか効果がないって聞いてたけど、間近で撃たれたら銃の反動がこんなに痛いんだ。鼓膜も破けるかと思ったよ」
「あなた……ヴァンパイアじゃないの!?」
「違うもん。私は人間……でもないかも知れないけど、ヴァンパイアじゃないから」
「そんな……」
もう何がなんだか良く分からない。銃を降ろして呆然としていると、彼女はゆっくり立ち上がって私にズイッと近寄った。
「でもまあ、これで私の勝ちだから罰ゲームでーす」
「罰ゲームってちょっと……」
彼女は例のちょっとイタズラっぽい笑みを浮かべて私に顔を近付け、そして不意に唇を重ねてくる。
「ちょ……何を……」
途端に体の力が抜け、意識が遠のくの感じた。目を開けてられない……ガクっと崩れ落ちる様に膝を付いてそのまま床に倒れ込んでしまう。薄れていく意識の中で最後に見たものは、彼女が背負っていたコウモリの羽根の付いたリュックの中からスマホを取り出し、誰かに電話する様子。彼女のスマホケースには、リュック同様小さなコウモリの羽根が付いていた。
「うーん……」
どれぐらい意識を失っていたのか、閉じている瞼の向こうにまばゆい光を感じて目を覚ます。飛び込んできた照明の明かりに目を細めつつ、見たことがない天井を認識……そうだ、私は彼女に眠らされてしまったんだ。
「あー、目が覚めた? トラーっ! センセ、目が覚めたよ!」
一瞬私の顔を覗き込んだのは他でもない彼女で、すぐに誰かを呼びに部屋を出ていってしまう。やがてパタパタと二つの足音が戻ってきて部屋に入ってきた。
「やあ、目が覚めたね」
「あなた……虎ノ介!?」
意識が一気に戻ってきて、驚いて起き上がると何かスースーする。自分の体を見ると、下着姿だった。
「キャア!」
慌てて布団で体を隠して二人を睨む。
「あー、ごめんごめん。怪我してたから服は脱がせたんだ。あ、もちろんやったのは美月だからね!」
「……」
確かに足や腕の擦り傷部分には包帯が巻かれていた。まあ、大した傷ではなかったんだけど。
「一応礼は言っておくわ、有り難う。それより! なんであなたとこの子が一緒にいるの!」
「いや、僕も驚いたんだよ。美月から『連れて帰りたい人がいる』って言われて迎えに行ってみれば、君が倒れてたんだから。人に気付かれない様に運び出すのにヒヤヒヤしたよ」
「答えになってない!」
「まあまあ、そう慌てなさんな。ちゃんと説明するから。美月、リリアナの服を取ってきてくれる?」
「はーい」
彼女が部屋を出ていくと、虎ノ介は部屋にあったポットからコーヒーを入れてくれる。
「はい。ブラックで良かったよね」
「ありがとう……」
「……美月はなあ、渋沢の忘れ形見さ」
「なんですって!」
コーヒーを吹き出しそうになりながら、思わず声を上げた。『忘れ形見』……その短い言葉の中に数々の信じられない内容が含まれていた。
「忘れ形見ってなによ! 一斗、結婚してたの!? それより、一斗はもう亡くなってるってこと!? 一斗の年齢から考えてあの子の年齢はおかしいでしょ!」
畳み掛ける様に虎ノ介を問い詰める。彼は『まあまあ』と手振りを見せながら、私を落ち着かせてゆっくりと話し始めた。その内容は一度聞いただけでは到底信じられないもの……彼の話によれば一年ほど前、大怪我をした状態で一斗が訪ねてきたそうだ。彼は毛布で包んだ赤ん坊を大切そうに抱えていて、それを虎ノ介に託し亡くなったとのこと。
「あの怪我で良くここまでこれたもんだよ。できる限りの手当はしたんだけどな……渋沢はもう喋れる状態でもなくて、代わりにこれを手渡された」
メモリカードの表面シールには血の跡の様なものが付いていて、それだけでもその時の一斗の状況が窺えた。そのメモリカードの中には、彼が撮影したビデオデータが収められていたらしい。
「ああなることは予想していたみたいだな。ビデオの中では後悔の念と、美月のことが語られていたよ」
「ちょっと待って……美月と言うのはその赤ん坊のことなの? じゃあ彼女は?」
「だから、その赤ん坊が美月だ。美月は渋沢が手掛けた実験体なんだよ」
「!?」
一斗の研究していた内容は人とヴァンパイアの遺伝的、エネルギー的違いを明らかにするためのもの。虎ノ介も専門ではないので完全には理解できていないらしいけど、どうやら人とヴァンパイアのエネルギー的な違いは『アストラル体』と『エーテル体』にあるらしい。人の体は『肉体』であり、ヴァンパイアの本質はアストラル体。アストラル体は基本的に実体がなく、ヴァンパイアが形を成すためにはアストラル体の一部をエーテル体に変換して実現されるとのことだ。私にもさっぱり分からないわ。
「アストラル体については僕も分かっているさ。実際、対ヴァンパイア弾はこのアストラル体に直接影響するエネルギーをぶつけるものだからな」
一斗は更に研究を進め、これらのエネルギーが人とヴァンパイアでどう違うのか突き止めていたらしい。そして考えた……人は殆ど持っていないこのアストラル体をヴァンパイア並に持った人間が作れないかと。
「そんなことできっこないじゃない!」
「しかし実際に君は人とヴァンパイアの混血だろう? 混血は普通の人よりもアストラル体が多いんだ。ただし、僕の作った弾はそもそも人の肉体で弾かれるので影響しないけどね。エーテル体は貫通するので、ヴァンパイアや眷属たちには通用する」
そして一斗は私の様な混血の中に、特殊な染色体があることを突き止めた。それをアストラルから取ってA染色体と呼び、46本ある染色体の内どれを置き換えればいいのか、もしくは48本以上の染色体があればいいのか研究していたと。
「その結果生まれたのが美月だ。彼女はいわばComplete Form(完成体)……人とヴァンパイアの完全なハイブリッドなのさ。彼女はここに来たときは赤ん坊だったが、次の日には立って歩いていた」
驚く程に成長の速い彼女。虎ノ介には一斗が亡くなった感傷に浸る間もなく、あらゆる手を尽くして一斗を埋葬し、そして彼女を連れてアメリカへ。アメリカには一斗の別荘があり研究設備も揃っているので、一斗がビデオの中でそこに行くように指示したそうだ。
「大変だったんだよ。成長に合わせて彼女に知識や情報を与え、人として生活できるようにしないとダメだったからな。三ヶ月ほどで今の姿に成長して、そこで止まってくれたから良かったようなものの」
彼女の外見は普通の人間だったが、その身体能力やいわゆる超能力が使える点はまさにヴァンパイア。そういった特殊な部分を隠す訓練もして、つい最近アメリカから戻ったと言うのは本当らしい。一斗を襲ったであろう相手から身を隠す意味で、スマホは電源を切って日本に置いていったそうだ。
駆け足で説明されたが、全然飲み込めていない……この事実が腑に落ちるにはしばらく時間がかかりそうだわ。