新米メイドは男装令嬢のお気に入り(1)
第1話 王都に行ってみてはどうだ
「マリオン! マリオーン! ちょっと来てくれ」
「はーい」
外で洗濯物を干していると、家の中から父さんが呼ぶ声。切りのいいところで手を止め、父さんの部屋へと向かった。と、言っても我が家はそんなに広くない。小走りで行けば父さんを待たせてしまうことはないわね。
「どうしたの、父さん?」
「うむ、家事の最中に呼び立ててすまないな」
そう言いながらソファーにかけるよう促され、父さんの対面に座った。何か重要なことかしら?
「お前も明日で十五歳だな」
「はい。今まで健康に過ごして来れたこと、家族に感謝してます」
「私もお前に感謝しているよ。マイラが亡くなってからと言うもの、お前はあいつの代わりに家事を良くやってくれているから。いや、それは置いておいて、十五歳と言えばこの国では成人。お前も大人の仲間入りと言うわけだ」
「そうですね……自分ではあまり実感がないですが」
子供と大人の境目など、線をまたぐ様にやって来るものでもないんですもの。そりゃもっと幼い時は早く大人になりたいと考えたこともあったけれど……いざ成人してみると、ビックリするぐらいにあっけないものだわ。
「ドミニクも十五歳の時に家を出て、今は王都で頑張っている。出張であちこち走り回っている様だがな。そこで、だ。お前も家を出て外で働いてみなさい」
「そ、そんないきなり……」
ドミニク兄さんはとても頭が良く、十五になったら王都にある学園に入るんだと言って家を出ていってしまった。『俺が頑張って、この領地を住み良い土地にしてやる』と言うのが小さい頃からの兄さんの口癖だった。私的にはそんなに住心地の悪い場所ではないのだけれど……
ランズベリー領は周りを山々に囲まれた盆地で、隣の領地に続く山や谷それに森には野生動物や魔物も多いことから、王国内では『辺境』や『陸の孤島』なんて呼ばれているらしい。それでも領民たちはのびのび生活を送っていて、農作物や果物は美味しいし何より人々が優しい。我が家、ランズベリー家は代々ここの領主をしているが領民たちと協力しながら生活を送っているので、父さんも私も農作業を手伝ったり一緒に狩りに行ったり、時には領民が家の手伝いに来てくれたりしている。皆、家族の様な存在だ。
「でも、私が出ていってしまったら、父さんのお世話は誰が……」
「これでも私は領主だぞ。使用人の一人や二人雇うぐらいの余裕はある。それに領民たちも助けてくれるからな、私一人なら何とでもなるさ」
「うーん、でもなー」
「とにかく、私のことは心配するな。この狭い領地に一生閉じこもって生活することはないんだ。広い世界に出て、色々な経験をすること。それが母さんの……マイラの望みでもある」
「母さんの望み……」
確かに、母さんは良く『広い世界で自由に生きてみなさい』と言っていた。それは母さん自身体が弱く、あまり遠くにも行ったことがなかったからなのかも知れないけど。でも、いきなり『働いてみろ』と言われても何の当てもないし、第一何かやりたいことがあるかと言うと、私には兄さんの様な目標もない。
「外って……どこに行けばいいのかしら?」
「取り敢えず王都に行ってみてはどうだ? 人が多い分、仕事も多いとドミニクも言っていたしな。私も二、三度しか行ったことがないが、初めて行ったときは街並みと人の多さに驚いたもんだ」
「王都ですか……私でもちゃんと生活していけるのかしら?」
「金の心配ならいらんぞ。ほら」
そう言いながらテーブルの上にドシャッと袋を置いた父さん。
「どこからこんなお金!?」
「これはいずれお前たちが巣立つ時にと、マイラが貯めてくれていたものだ。ドミニクにも渡して、あいつは学園の入学準備と学費の足しにしたと言っていた。王都に行くには路銀も必要だからな、何に使うかはお前が自由に決めなさい」
「有り難う、父さん! じゃあ、取り敢えず一度王都に行ってみるわね。でも、私はここでの生活が好きだからすぐに帰ってくるかも知れないわよ。その時は文句を言わないでね」
「それをお前が選んだのなら、文句は言わんよ」
突然父さんに言われて王都に行くことになってしまった。私としてはずっと領地で暮らしていてもいいとは思うのだけれど、それが父さんと母さんの望みならば一度ぐらい領地を出て生活してみてもいいのかも知れない。明日の誕生日で十五歳になることだし、新しい世界に踏み出してみよう……今はそう思っている。
そうとなれば早い方がいいわね。明日、早々に出発するために準備しなきゃ。そうだ、今夜の夕食は父さんの好物にしよう。しばらく手料理も作ってあげられないし、沢山食べてくれるといいな。
※2話目以降へのリンク
第2話 マリオンは家を出ていった
https://note.com/taotao_marudora/n/nab0d34a5ca5d
第3話 職種の希望はありますか?
https://note.com/taotao_marudora/n/na6bb2de9e3ff
第4話 あんたにはここがお似合いよ
https://note.com/taotao_marudora/n/n0327e650f1a8
第5話 私が婚約者になってやろうか
https://note.com/taotao_marudora/n/neb1c6d50ee8a
第6話 なんで矢なんて射ってたの?
https://note.com/taotao_marudora/n/ned7e120eaaad
第7話 お兄様には負けませんわ
https://note.com/taotao_marudora/n/nb46a91147cfe
第8話 なかなかの大きさでしたね!
https://note.com/taotao_marudora/n/n42dc1f369ec4
第9話 最近あの子と仲いいよね
https://note.com/taotao_marudora/n/nf5716fce4f25
第10話 これ、どうしてくれるのよ!
https://note.com/taotao_marudora/n/ndae608e04905
第11話 アレを持ってきたのは嬢ちゃんかい?
https://note.com/taotao_marudora/n/nf45555fd4b4d
第12話 君の笑顔が素敵だから
https://note.com/taotao_marudora/n/n6fabb78ff07b
第13話 人食い大蛇の魔物ですって
https://note.com/taotao_marudora/n/n9cf13bfd38b4
第14話 首の部分をこうスパッと
https://note.com/taotao_marudora/n/n5c63abf15b03
第15話 まだ油断はできないんだ
https://note.com/taotao_marudora/n/n36c5a6c89647
第16話 なんで照れてるのよ
https://note.com/taotao_marudora/n/n588efe36c24c
第17話 今夜は早めにお休みください
https://note.com/taotao_marudora/n/n1141f12d38a0
第18話 ちょっと待って、ここ三階よ!?
https://note.com/taotao_marudora/n/n79e2e10a07af
第19話 制服姿、見てみたいなあ
https://note.com/taotao_marudora/n/n7fe1c18c6b42
第20話 あいつが表なら俺は裏
https://note.com/taotao_marudora/n/n73f9ca53389f
第21話 お前は腹心の友だよ
https://note.com/taotao_marudora/n/n3fc3e4ecd0d8
第22話 なんか今日は暗いわね
https://note.com/taotao_marudora/n/n9b20dc0beffa
第23話 ハンデはいらないのか?
https://note.com/taotao_marudora/n/na430a7e7dbbe
第24話 これを僕たちに譲ってくれ
https://note.com/taotao_marudora/n/nee18590da76a
第25話 ちょっと通りがかっただけよ
https://note.com/taotao_marudora/n/n25d92b7cf756
第26話 僕と婚約して欲しい
https://note.com/taotao_marudora/n/n2032ae794922
第27話 なんで黙ってたのよ!
https://note.com/taotao_marudora/n/n8b48aa73af3f
第28話 一緒に住んじゃダメ?
https://note.com/taotao_marudora/n/nef5823645ebf
第29話 婚約を提案したのは俺だ
https://note.com/taotao_marudora/n/nf2df089b0fb8
第30話 学園生活を楽しんでこい
https://note.com/taotao_marudora/n/n86f5d796abe9
第31話 恋する乙女と言ったところかしら
https://note.com/taotao_marudora/n/n77e5ee4dfec1
第32話 何でもない、何でもない
https://note.com/taotao_marudora/n/n82c3ef2ea05b
第33話 私とデートするのは嫌かい?
https://note.com/taotao_marudora/n/n15c0679ba52e
第34話 ずるいな、マリオンは
https://note.com/taotao_marudora/n/n2a848fdd5bb6