新米メイドは男装令嬢のお気に入り(12)
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第12話 君の笑顔が素敵だから
「お姉様!」
フランツと一緒に廊下を歩いていると、背後から元気な声。彼女は私に駆け寄ってくると、迷わずに抱き付いてきた。
「お姉様、本日もお美しいですわ!」
「こら、パトリシア! どうしていつもミランダの方に行くんだ。そこは『お兄様!』だろう?」
「お兄様は家族なのですから、毎日、毎日、会っているではありませんか」
この兄妹は顔を合わせるといつもこれだ。本当に仲がいいな、君たちは。
「パトリシア、お前はまたメイドと問題を起こしたらしいじゃないか」
「私が悪いのではありません。相手がぶつかってきて、大事な弓を折ってしまったんです! でも、それがきっかけで命の恩人に再会できたんです! 彼女は王宮のメイドだったんですよ」
先日の狩猟大会で彼女を危機から救ったという女性。その女性からもらったという弓を頼りに相手を探していたパトリシアだったが、その相手が王宮のメイドで名を『マリオン』と言うらしい……ん? マリオン?
「そのマリオンってメイドは、髪の長い華奢な感じの?」
「はい、そうですが……ご存知なのですか!?」
フランツと顔を見合わせる。間違いない、以前馬車が脱輪したときに助けてくれた彼女だ。
「マリオンは私と同い年なので、今年一緒に学園に入学するんです!」
「お前はまた勝手なことを!」
「いや、いいんじゃないか? 私も彼女に礼をしたいと思っていたところさ。同じ学園に入るなら先輩としてアドバイスもできるだろう? フランツ、君だって彼女に会えば好きになるかも知れないじゃないか」
「フン! 婚約者の件で辟易してるんだ。女性は身近にいるお前たちだけで十分だよ」
「お兄様はそうやって一生独身でいればいいんです」
「何だと!」
パトリシア、フランツをからかうのはそれぐらいにしておいてやってくれ。狩猟大会の時に君を一番心配していたのはフランツだし、君を助けてくれた女性……マリオンに礼がしたいとも言っていたのだからね。
パトリシアから彼女がどこに住んでいるのか聞くことができた。彼女はメイドたちの寮にいるのではなく、そこから少し離れた林の中の一軒家に住んでいるらしい。ああ、確かちょっと風変わりな官僚が建ててメイドたちが管理していると言う……以前メイドの誰かから聞いたことがあったかな。彼女が学園に入学するまでにまだ時間があるし、一度会いに行ってみようか。
しかしマリオンとはどう言う女性なのだろうか。馬車を持ちあげる怪力の持ち主で、山に一人で入って怪物級のイノシシを矢の一撃で倒し……そう言えば初めて出会った時、高い梯子の上から飛び降りていたね。外見はとても大人しそうな女性なのに、中身は随分違っていそうだ。そんな彼女に何を贈れば喜ばれるのか数日悩んで、結局花束を持っていくことにした。他のメイドたちがいると騒ぎになってしまうから、一人でいてくれるのはこちらとしても助かるよ。
木々の間にある小道を進んでいくと、やがてカン、カン、カンッ! と小気味良い音が響いてくる。不思議に思いながら更に歩いていくと、小さな家の前でまるで野菜でも刻む様に薪を割っているマリオンの姿が。
「やあ、精が出るね」
「ミランダ様!? どうしてこちらに?」
「君に色々とお礼が言いたくてね、パトリシアに教えてもらったんだよ」
「お礼だなんて、そんな……とにかく、中へどうぞ。狭い家ですが」
「お邪魔するよ」
彼女に導かれて家の中へ。中は意外に広くて一人で生活するには十分すぎるぐらい。女性らしくキレイに整頓されていて、とても落ち着く空間だ。
「今、お茶をお入れしますので」
「すまないね。そうだ、これ、気に入ってもらえるか分からないけど」
「まあ! キレイなお花! 有り難うございます、早速生けますね」
良かった、喜んでもらえた様だ。彼女はテキパキと動いてお茶にお菓子、それに花束をキレイに生けた花瓶を持ってきて、テーブルの上に置く。自分で持ってきた花束だけど、テーブルの上に置かれたことでパッと部屋が明るくなった様に感じた。いい香りがする。
「一人暮らしは不便じゃないかい?」
「いえ。田舎者ですので、こちらの方が暮らしやすいぐらいで。周りに木々があった方が落ち着きますし」
「そうか。それは良かった」
優しい彼女の笑顔につられて、自分も笑顔に。一緒にいて癒やされると言うのはこういう人物のことなのだろう。王宮内のメイドにはいつもキャーキャー言われるが、彼女の様に接してくれる女性は初めてだった。
「そうだ、まずは礼を言わせて欲しい。先日の馬車の件では助けてもらったし、それにパトリシアも君が助けてくれたそうだね」
「パトリシア様とはどの様なご関係なんですか?」
「私とフランツ……この国の第二王子は幼馴染でね。その妹のパトリシアも本当の妹の様な存在なんだ。彼女は君のことがいたくお気に入りの様だったよ」
「パトリシア様には学園に誘って頂きました。私の様な田舎者が入っていいのか不安なのですが……」
「私とフランツも学園に通っていて一年先輩だから、君が入学するのを楽しみにしているよ。何かあれば力になれると思うから、遠慮せず頼って欲しい」
「有り難うございます!」
マリオンは自分のことを『田舎者』と言うけれど、こうやって会話している分にはまず分からない。美しくて所作もゆったりとしていて、ついつい目が離せなくなってしまう。あまり彼女に好意を持ってしまうと、パトリシアに怒られてしまうかな?
「ミランダ様は私たちの控室でも度々話題になっていますよ。お美しい上に男装されていて格好いいと先輩方が」
「フフフ、我が家は代々女性が当主の家系でね。この格好もすっかり馴染んでしまったよ。私自身、中身は女性のつもりなんだけど」
「ミランダ様が本当に男性でしたら、大変なことになりそうですね」
「今でもフランツに良く文句を言われているよ。私が女性に囲まれているのは、彼からすると面白くないらしい」
マリオンは聞き上手なのか、他愛のないことをついつい話してしまう。それでもニコニコしながら楽しそうに聞いてくれて……参ったな、私がこんなにも女性に惹かれるとは。気が付くと一時間以上もお喋りに興じてしまっていた。
「おっと、長居してしまったね。君の笑顔が素敵だから、ついつい喋りすぎてしまったよ」
「そんな……私も楽しかったです。またいつでもいらしてくださいね」
「……」
そう言いつつ見送ってくれるマリオン。社交辞令かも知れないが……本当にまたすぐに来てしまいそうだ。
「そんなことを言われたら、また可愛い君に会いにきてしまいそうだよ」
「か、可愛いだなんて……」
思わず彼女の頬に手を添えて甘ったるい言葉をかけてしまったが、嘘ではない。どんなことを聞いても動じないのかと思っていたが、流石に頬を赤らめて焦っている表情を見て、また彼女に惹き込まれるのを感じていた。
「じゃあ、また。王宮で会ったら声ぐらいかけておくれ」
「はい」
もう一層家に連れて帰ろうか、そんなことさえ考えていた。この感情が女性として正しいのかどうか分からないけれど、完全に彼女にやられてしまった様だ。マリオン……君が学園に入学する日が待ち遠しいよ。