新米メイドは男装令嬢のお気に入り(16)
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第16話 なんで照れてるのよ
魔物による危機が過ぎ去った後は王都も平和そのもので、私は学園入学に向けて準備に勤しんでいた。パトリシア様にお借りした本はとても難しくて読んでも良く分からないことも多かったけれど、学園に入学するんだと言う心構えはできてきた気がする。兄さんは家で良く勉強していたけれど、こんなに難しいことを勉強していたんだなあ。
入学はまだ三ヶ月ほど先だけど、それに先駆けて制服や教科書が配られた。家で制服を着てみて、そのフォーマルながら可愛い姿に一人ニヤニヤしてしまう。こんな服を着るのは初めてで、まだ着慣れず所々突っ張って動きにくいけれど、パトリシア様と一緒に通学するところを想像しては心を踊らせていた。そんなある日、パトリシア様に呼ばれてお部屋を訪ねると、そこにはミランダ様も。
「マリオン! 待っていたわ!」
「失礼致します。パトリシア様、ミランダ様、こんにちは」
「久しぶりだね、マリオン。今日は君に伝えたいことがあって来てもらったんだ」
「ミランダ様が私に?」
「あのね、お姉様が私とマリオンをヘンストリッジ家に招待してくださるんですって!」
「まあ!」
ミランダ様には弟君がおられて、彼も私たちと同い年。今年学園に入学するので顔合わせも兼ねて夕食を一緒に、とのことだった。
「有り難うございます! でも、私は着ていく服が……」
「それなら大丈夫よ。私も制服を着ていくから、あなたも制服で行きましょう。伯母様にも見て頂きたいし」
「そうだね。お母様もきっと喜ぶよ。学友になるので私の弟、ラリーとも仲良くしてやって欲しい」
「そんな、こちらこそ。承知しました、有り難く招待をお受けします」
「楽しみにしているよ」
今夜とのことで少々急な話だったけど、いつもは一人で夕食を作って食べるだけだから何の問題もない。メイドの私にこれほど気を使ってくださって、ミランダ様は本当にお優しい方だわ。それにパトリシア様と制服姿でご一緒できるのも嬉しい。パトリシア様は何を着てもお似合いになるから、学園の制服姿だって私なんかよりずっと可愛いに決まっているもの! その隣に同じく制服姿の私……もう、期待と興奮が止まらない!
王宮の馬車に乗せて頂いてパトリシア様と一緒にヘンストリッジ家へ。王都の中でも大きな屋敷が立ち並ぶ地区にあり、ニ位の貴族だけあってとても広い敷地。隣の屋敷が凄く遠いし……それだけでもヘンストリッジ家がどれほど力のある家系なのかが良く分かる。
「パトリシア様はこちらに良く来られるのですか?」
「そうね、最近はそうでもないけど昔は良く来ていたわ。ウィンスレット王家とヘンストリッジ家はいわゆる三大貴族の一角でね。ヘンストリッジ卿は私たちの遠い親戚に当たるから、お姉様とも親戚関係なの」
「そうなのですね!」
その関係でフランツ王子とミランダ様は昔からずっと一緒に過ごされている幼馴染で、パトリシア様もラリー様と昔は良く遊んでいたらしい。
馬車でヘンストリッジ家の門をくぐると、そこからまたしばらく道が続いてようやく屋敷の前へ。馬車を降りると扉の前でミランダ様が待っていてくださった。
「お姉様!」
「二人とも、良く来てくれたね。制服も良く似合っているよ」
「有り難うございます」
「さあ、中に入って」
ミランダ様に導かれるままに屋敷の中へ。扉をくぐるとそこは広いホールで、大きなシャンデリアがキラキラしていた。その美しさに見とれていると、正面の大きな階段をゆっくり降りてくる男性。
「いらっしゃい。二人とも歓迎するわ」
しかし間近でそのお姿を拝見して声を聞けば、それが女性であることはすぐに分かる。きっとミランダ様のお母様だ。
「伯母様! 制服、どうですか?」
パトリシア様に引っ張られて彼女の前へ。はしゃぐパトリシア様を愛おしそうに見つめていた女性は優しく微笑んで、
「二人ともお人形の様ね。とても可愛いわ」
と褒めてくださった。
「ご挨拶が遅くなりました。私はマリオン・ランズベリーと申します。本日はお招き頂き有り難うございます」
「そんなに固くならないで。私はエディス・ヘンストリッジ、この家の当主です。あなたのことはミランダから聞いていますよ。最近、ミランダはあなたのことがお気に入りの様でね」
「お、お母様!」
「フフフ、立ち話もなんですから部屋にお通しして」
「マリオン、こっちよ!」
パトリシア様に手を引かれて移動する。『ミランダ様がお気に入り』と言って頂いてちょっと恥ずかしかったけれど……ミランダ様の方を見ると彼女も頬を赤らめて気まずそうにされていた。普段は男性っぽいミランダ様だけど、そういう可愛い部分もあるのですね。まだ知らなかった彼女の一面を見られて少し嬉しくなる。
通された部屋には長い大きなテーブルがあり、豪華な燭台などが置かれている。部屋の装飾も荘厳な感じで、ウチの領地では見たこともない豪華さだわ。部屋の中には既に男性が一人いて、私たちが入るとちょっと不服そうな顔付き。
「あら、いたのラリー」
「いるに決まってるだろ、僕の家なんだからな! で、なんで君たちは制服なんだよ」
「フフン、似合ってるでしょう? マリオンとお揃いで姉妹みたいって王宮内でも好評だったんだから」
「ま、まあ普通だよな」
私の方をちらっと見たラリー様。微笑んで会釈すると、慌てて目を逸らす……嫌われてる!?
「あなた、なんで照れてるのよ?」
「別に照れてない!」
パトリシア様に突っ込まれてムキになるラリー様。どうやらこのお二人も本当のご兄妹の様に仲が良い様子。ミランダ様とフランツ様の関係とはまた違った感じかしら。初めてお会いするラリー様にいきなり嫌われていたらどうしようと焦ったけれど、どうやらそうではない様で、ちょっとホッとする。
「初めまして、ラリー様。マリオン・ランズベリーと申します」
「お、おう」
「緊張しているのか? フフフ、ラリーは少し人見知りなところがあるからね」
「べ、別に緊張などしておりません!」
「ははーん、マリオンが美人でビックリしてるんでしょう。一目惚れしたとか言わないでよね」
「そ、そんなこと! 大体ランズベリー領は田舎の貧乏貴族って聞いたぞ。ウチとは釣り合わないだろ!」
「なんですって!」
「パトリシア様、本当のことですから大丈夫ですよ。来て頂ければ分かりますがビックリするぐらい田舎ですし、領民の皆と協力しあって生活してる様な状態ですので」
パトリシア様やミランダ様に良くして頂いて、私の方が恐縮しているぐらいだもの。ラリー様の仰ることは正しいと思うし、むしろそちらの方が普通の反応じゃないかしら?
「ほら、口喧嘩はそれぐらいにして二人とも席に着きなさい。ラリーもお客様に対して、もう少し口を慎みなさい」
「はい、母上」
私の横にはパトリシア様、そして対面にはラリー様。時々視線を感じて彼の方を見ると、慌てて視線を逸らしてしまう。ラリー様はかなりうぶな方の様だわ。それでも夕食会は和やかな雰囲気のまま進み、ミランダ様とエディス様が色々と話を私に振ってくださったので、黙ってしまうことなく過ごすことができた。
「あなたは王都へ働きに来たのかしら?」
「はい。父が領地にじっとしているのではなく、外に出て見聞を広めてこいと」
「素敵な父上じゃないか。ラリーも見習って、王都から一度出た方がいいかもな」
「ぼ、僕だって学園を卒業したら官僚になって経験を積むつもりです!」
ムキになっているラリー様に対してニヤリと笑ったパトリシア様。
「なんだよ!」
「別に。お坊ちゃまなあなたに、そんなことが可能なのかと思って」
「それはパトリシアだって同じだろ!?」
「私は王女だから問題ないわ。王都の外に行くときだって、マリオンと一緒に行くんだから。彼女が守ってくれるもの、ねっ!」
「私でよろしければ」
「マリオンがいいの! 私の命の恩人だもの」
そこから先日のイノシシ狩りの話になって、領地での生活にも話題が移り……王都での生活とのギャップに皆さん驚かれていた。王都の貴族は普段狩りをしないのですね、やっぱり。
「フフフ、可愛らしい見た目なのに、中身は随分と破天荒な様ね。ミランダやパトリシアが夢中になるのが分かった気がするわ。学園に入っても皆のことをよろしくお願いしますね、マリオン」
「いえ、私こそ何も分からないので皆さんのお世話になると思います。ラリー様も仲良くしてくださいね」
「お、おう」
ちょっと照れながらまた目線を逸らしてしまったラリー様。その様子をミランダ様たちにからかわれて、たじたじになっていた。ラリー様とパトリシア様のやり取りは賑やかだし、そこにミランダ様が加わると男子のラリー様は分が悪い様子。このお三方と一緒に過ごす学園生活は、きっと楽しいに違いないわ!
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