新米メイドは男装令嬢のお気に入り(34)
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第34話 ずるいな、マリオンは
マリオンとデートの朝、こんなにワクワクする朝はどれぐらいぶりだろうか。鼻歌交じりで着替えていると、メイドにクスクスと笑われてしまった。
「ミランダ様、今朝は特にご機嫌ですね」
「分かる? 出掛けるのがこんなに楽しみなことなんて、子供の頃以来かな」
「フフフ、お気をつけていってらっしゃいませ」
服装は女性らしい物にしようか、それともいつも通り男装でいいか……男装のマリオンもきっと可愛いだろうな。それならそれで一緒に買物しても楽しいかも。逆に私が女性らしい服を着ていって、周りから女性同士に見られるのも悪くない。色々迷ったが、結局いつも通りの男装で行くことにした。マリオンの可愛さに釣り合うには気合を入れていかないとダメだね。
浮かれている様子が滑稽だったのか家族にも色々と呆れられたけど、全く気にならない。もうマリオンのことで頭が一杯なんだよ。迎えに行くと言った時間にはまだ少しあるけど……ああ、こういう時の時間はなんでゆっくり進むんだろう。
やっと予定の時間になったので王宮へと向かう。馬車の中でも落ち着かず、馬車を降りてからもついつい早足になってしまって気がつくとマリオンの家の前に立っていた。緊張しながらドアをノックすると、中から声がする間もなく予想外に早く扉が開く。
「待ってたわよ! ミランダ嬢!」
「シャ、シャロン様!?」
興奮した様子でドアを開けたのは、これまた予想外な人物。なぜシャロン様が!? ああ、そうか。確かマリオンのお兄さんと仲が良いと言っていたっけ?
「さあ、入って入って」
「えっ、あ、はい……」
まるで自分の家の様に私を引っ張り込むシャロン様。家の中に入ってみると、テーブルではマリオンのお兄さんがブスッとした顔でコーヒーを飲んでいる。
「お、おはようございます。初めまして」
「ああ、こうやって喋るのは初めてだったな。マリオンの兄のドミニクだ。弟が世話になっているそうだな」
「いえ、私が助けられてばかりで」
「そうか」
会話が続かない。シャロン様の方を見ると、彼女は呆れた風に彼の方に寄って行って、パシンッ! と頭を叩いた!?
「あイテッ!」
「ほら、あんたはまたそうやって興味なさそうにする!」
「弟のデートには興味ねーんだよ! なんでお前がそんなにノリノリなんだ、朝からお仕掛けてきやがって」
「マリオンに一人で準備させる気!? あんたがそんなだから、私がお姉さん代わりをしてあげてるんでしょうが!」
シャロン様はグラハム様の婚約者なんだけど、マリオンのお兄さんとは随分仲が良い様子。二人の言い合いに圧倒されていると、シャロン様が気が付いてくれた。
「ああ、そうだったわね。マリオンをお迎えに来てくれたんだったわね。マリオン!」
そう言えばマリオンの姿がない。どこに居るのだろうと思っていると、奥の部屋の扉が開いてメイドに押し出される様に部屋から出てきたマリオン。でもそれはいつもの彼女ではなく、どう見ても貴族女性にしか見えない美しい女性だった。お化粧もして髪もセットして……王都でだって、これほど美しい女性はなかなかお目に掛かれない。
「あの……変ではないでしょうか。こんな格好をしたのは初めてでして……」
モジモジしているマリオンに見とれて言葉を失っていると、シャロン様が彼女の手を引いて私の所まで連れてきてくれる。
「何言ってるの、とても綺麗よ。女の私から見ても惚れ惚れするぐらい」
「とても素敵さ。君のこんな姿が見られただけでも、今日誘った甲斐があったと言うものだよ」
「あ、有り難うございます」
自分が女性だと言うことは分かっている……分かってはいるけど、マリオンのこんな姿をみたらドキドキせずにはいられない。マリオンが男性だから? それとも自分が男装しているから? まだ良く分からないけれど、マリオンが私にとって特別な存在であることは間違いないよ。
「それじゃあ、兄さん、シャロン様、行ってきます」
「ああ、お前たち服装があべこべだがな。もう、好きにしろ。お前も用事が済んだならさっさと帰れよ」
「何ですってー! 大体、最初に頼んできたのはあんたでしょうが! あ、二人とも行ってらっしゃい。楽しんできなさいよ」
後ろでマリオンのお兄さんとシャロン様がまた口喧嘩しているのを聞き流しつつ、マリオンの手を引いて家を離れた。男性が好きな女性をエスコートする時の気持ちって、こんな感じなんだな。もう既にドキドキしてしまって、ずっと一緒に過ごしたい気持ちで一杯だよ。
デートコースはマリオンが興味ありそうな場所を選んだつもり。彼女はここに来てからもあまり王都内を散策したことがないそうなので、博物館や植物園、それに王宮からは少し離れた場所にある街並みに案内することに。ここは隠れた名店が多い場所で、王宮近くの街並み程賑わってはいないものの、貴族が多く訪れる街なんだ。実はここをマリオンと二人で歩きたいと思っていた。
「それでは参りましょうか、お嬢様」
「お嬢様なんて……」
馬車から降りて私が促すと、躊躇しながらも腕を組んでくれたマリオン。本当は博物館や植物園でもこうしたかったけれど、目をキラキラさせてあちこち見て回っているマリオンが可愛くて言い出せなかったんだよね。体が密着するとフワッと良い香りがする。自分も香水を付けているけど、それとは別のマリオンらしい彼女にピッタリな香りだね。普段はきっと香水なんて付けていないだろうけど、これもシャロン様に選んでもらったのかな? もちろん普段通りのマリオンでも一緒に居られるだけで嬉しいんだけど、ここまで可愛く彼女をメイクアップしてくれたシャロン様には感謝しかない。
二人で歩いているととにかく人目を惹く。すれ違うと立ち止まってまで振り返る人も多かった。自分一人でも良くそういうことはあるけれど、今日はいつにも増して注目されているかな。それぐらいマリオンは美しく、彼女の隣に私がいることを誇らしく思う。私が女性であることを知る人も多いんだけど、隣の美しい女性が実は男性だと知ったら皆ひっくり返るだろうな。
「フフフ」
「どうされましたか? ミランダ様」
「いや、ついつい想像しちゃってね……君が隣にいることが嬉しくてつい、ね」
「私なんて、ただの田舎出身メイドですよ?」
少し困った様に微笑んだその顔も好きなんだ。今日はマリオンを喜ばせるために私が企画したデートだったけど、君はどんどん私を虜にしてしまうね。楽しく充実した時間に満足感を覚えている一方で、時間がどんどん過ぎてしまってデートが終わってしまうのがとても残念だよ。できればずっと、君と二人で居たいんだけどな。
街でウィンドウショッピングを楽しんだ後は、王都の端にある公園へ。ここは城壁の一部が一般に開放されていて誰でも上に登ることができる。ここから王都を見渡すことができるんだ。
「わーっ!! 王都はこんなにも広かったんですね!」
「そうだね。あそこが王宮だから、マリオンはまだまだ行ったことがない場所があるんじゃないか?」
「はい。普段は王都の近くと、外の森ぐらいしか行きませんから」
王都の外の森に行くメイドは君ぐらいだと思うけどね。こんな可愛い子が森の外で狩りをしている姿なんて想像できないな。それとも狩りをしている彼女は、『裏』と名乗ったあのもう一人のマリオンの様な雰囲気なのだろうか。
日が傾いて少し風が出てきたかな。なびく髪を手で抑えながらキラキラした目で景色を眺めている彼女の横顔を見つめつつ、この時間を終わらせなければならないことと葛藤する。
「寒くなってきたし、そろそろ戻ろうか」
「はい……」
最後にもう一度腕を組んでもらって馬車へ。マリオンの隣に座るか対面に座るか迷ったけれど、今の彼女の姿を目に焼き付けるために対面に座った。夕暮れの道を王宮へと走る馬車。もっとゆっくり走ってくれてもいいのに……そう思っている間もどんどん王宮は近付いてきて、そしてとうとう夢の様な時間が終わろうとしていた。
「今日は有り難うございました。とても素敵な時間でした」
「こちらこそ。連れ歩いてしまったけれど、疲れなかったかい?」
「はい。体力には自信がありますから」
「ハハハ、そうだったね……じゃあ、最後にこれを」
満を持して準備しておいたプレゼントの箱を差し出す。普段学園の女生徒からプレゼントをもらうことは多いけど、人に物を贈るのは久しぶりだよ。マリオンに長く使ってもらえる様に色々と迷って髪留めを選んだ。
「これは?」
「今日のお礼だよ。そんなに高価なものではないんだけど、普段使ってくれると嬉しいな」
「デートして頂いた上にこんなものまで……宜しいのですか? 私はミランダ様に何も差し上げられないのですが……」
「遠慮なく受け取って欲しい……そうだ、私も一つだけ欲しいものがあるのだけれど、ワガママを聞いてくれるかい?」
「私が差し上げることができる物でしたら」
「じゃあ……」
私の願いを伝えると驚いて顔を真っ赤にしたマリオン。ちょっと無理な、イジワルなお願いだったかな? もう馬車が王宮に着いてしまってあとは彼女を降ろすだけだけど、怒って飛び出して行ってしまうかもしれない。そんな形でこのデートが終わったら全て台無しじゃないか……と、後悔する。
馬車が止まるのを見計らった様に立ち上がろうとするマリオン。やっぱりダメか。私は欲望に負けて随分と馬鹿なことを言ってしまったね。彼女は許してくれるだろうか……少し暗い気持ちになっていると、すっとマリオンの白く美しい手が私の方に伸びてきて、頬に添えられた。
「!?」
「……」
ドキッとする間もなくマリオンの顔が近付いてきて、そのままそっと彼女の柔らかい唇が私の唇に重なる。もうその瞬間に思考がストップしてしまってどれぐらいそうしていたのか分からない。やがて離れていった彼女の顔は満面の笑みで、
「今日は有り難うございました、ミランダ様。それでは、失礼致しますね」
そう言って馬車を降りていったマリオン。私は暫く固まってしまったままで、きっと間抜けな顔をしていたんだろうね。気がつくと馬車は王宮を出て我が家に向かって進んでいた。まだマリオンのキスの感触が唇に残ってる。
「まったく……キスをしたいと言ったのは、私から君にキスをしたいってことだったのに……ずるいな、マリオンは」
図らずもファーストキスをマリオンに奪われてしまったじゃないか。そう思うと今日一日の出来事とともに先程のキスの感覚が蘇ってきて、喜びで身震いしてしまう。私は、自分が思っていた以上にマリオンのことを愛してしまっているらしい。
「今夜は興奮して眠れないかもね」
身悶えている内に馬車が家に着く。またお母様やラリーにからかわれてしまうかもとちょっと心配しつつも、早く今日のことを誰かに喋りたくてウズウズしている自分もいる。彼女のことを想って少し締め付けられる様な胸の感覚を覚えつつ、馬車を降りた。
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