ラスト・チャンス(1) 〜ゲームの主人公に転生したら、どのルートもバッドエンドだったんですが!?〜
第1話 振り出しに戻る
ついさっきの出来事。イグレシアス王国の王女である私、エマ・イグレシアスは、隣国ラッシュブルックのユージーン第二王子と愛を育んでいた……はずだった。いや、私が認識している範囲ではとても順調で、相思相愛の関係であると思っていた。婚約もしたし、お互いに相手の国に出向いては恋人同士の時間を楽しんでいたんだから。しかし婚約後、初めてラッシュブルックの王城に訪れた日の夜、薄暗い廊下を自分の部屋に向けて歩いていた所を後ろから刺されてしまった。
「うっ……あ、あなたは!?」
背中の痛みにクラクラしながら振り向くと、そこには見覚えのある女性。彼女は涙を流しながらも私を睨んでいた。
「……王配になど、させはしないわ!」
「ちょ……それってどういう……」
出血により意識が薄れていく……ああ、まただ。私はこのセリフを以前も聞いた気がする……あれは……
「はっ!!」
意識が混濁して自分のことも分からなくなり、やがて途絶えてからどれぐらいの時間が経ったのか。次に気がついた時は真っ白な空間で、目の前には大きな三枚の扉。一瞬何が起こったのか分からなかったが、この光景を見た瞬間に沢山の事が記憶として蘇ってきた。そうだ! ここはまさに始まりの場所。そして私がこの光景を見るのは三回目だ。
「そうか、私は三つ目の扉の中でも死んでしまったんだ」
「やあ、また戻ってきてしまったね、かりん君」
私と扉しかなかった空間でいきなり別の声がしてビクッとなる。慌てて目線を上げると三枚目の扉の右隣に、ニコニコした男性が立っていた。白い空間の中で白っぽい服を着ているというのにその存在は浮き上がって見えて、彼が特別な存在であることは明らか。そして私は彼のことを良く知っている。
「エマ姫、と呼んだほうがいいかな?」
「かりんでいいわよ。あなた、全然出てこないからもういなくなったのかと思ってたけど」
「君が三枚の扉の内どこかでミッションを成功させていれば、もう会うこともなかっただろうけどね」
皮肉か!? 私だって三回も、しかも毎回同じ様な殺され方をするなんて思ってなかったわよ。しかし、結果から見れば私に与えられたミッションは失敗したことになる。うーむ、ゲーマーとしては悔いの残る結果になってしまったわね。
「残念だけど、あなたがくれたミッションを達成することはできなかったみたいね。前世の私の記憶を持っていければもうちょっと違った結果だったかも知れないけど」
「エマ姫としての君は良くやったと思うけどね。しかし世界の流れを変えるまではいかなかった様だ」
世界の流れを変える……私は王女エマ・イグレシアスとして各扉の中で生き、そしてそれぞれ別の三人の王子と恋仲になった。各王子にはそれぞれ別の課題があってそれをクリアして最終的には婚約にまで至りハッピーエンド、のハズだったんだけどな。三回とも場所は違うものの、城の廊下を歩いている時に後ろから刺されて死んでしまった。今から思い返してもエマとしての自分の行動に問題があったとは思えない。実際どの扉の中でも婚約まで至っているんだし、後は結婚して王子に嫁げばいいだけだったんだから。各王子と甘い時間も過ごしていたし、彼らに何か恨みを買っていたわけでもない。大体、私を殺したのは王子ではなくその周りにいた人々だった。
「つまり、王子と結婚することで他の人の恨みを買ってたってこと? でも周りの人々だってそんな素振りは全然見せてなかったと思うんだけど」
「そうだね、確かに中央王国であるイグレシアスの王女に殺意を向ける人間なんて、そうはいないだろうね」
「……」
エマは王女だし、国々の歴史から考えれば王子たちよりも強い立場にあったことは事実。しかしエマはそんなに性格が悪いわけじゃないし、寧ろ人々からは慕われていた。だとするともっと個人的な理由で……
「あーやめた、やめた! 今更分かってもどうしようもないし、今の私の記憶を持っていけないなら悩んだって仕方ないんだから。残念だけどここでギブアップね。約束通り、元の世界に返してくれるのよね?」
「そう言う約束だからね。私も残念だよ。かりん君ならこの世界を救えると思っていたんだけどね」
「私もそう思っていたけど、どうやら自惚れだったみたい。お役に立てなくてごめんなさい」
「諦めずに三度トライしてくれたことには感謝しているよ。それでは……」
攻略に失敗した三枚の扉が消えて元の世界、勝間かりんとしての人生に戻るための扉が彼の後ろに現れる。が、扉はなぜか二枚用意されていた。
「ちょっと、どう言うこと!?」
「かりん君がやっていたゲームでは四枚目の扉が用意されていただろう? 右の扉に入れば君の元いた世界に戻れるよ。左の扉は私からのご褒美だ」
「……それはつまり、ラストチャンス、ってこと?」
「まあ、そう言うことになるかな」
相変わらずニコニコしてる。この男は一体何を考えているんだ!? いや、彼はきっと神の様な存在。自分では『案内人』なんて言ってたけど、エマのいる世界をなんとかしたくて私をここに召喚したんだもんね。神なんだから自分でなんとかすれば、とも思うけど、一番最初に会った時にそれはできないって言ってたかしら。
「……」
ゲーマーとしては迷わず左の扉を選択したいところだけど、扉をくぐった瞬間に記憶が失われてエマになってしまうこのシステムでは、四回目をもらってもあまり意味がない気がする。
「二つ、確認したいことがあるんだけど」
「どうぞ」
「一つ目は、もし左の扉を選んで失敗しても、私が元いた世界に戻れる?」
「それは私が保証しよう。これはご褒美だからね、元の世界に帰る権利を奪うものではないよ」
「ありがとう。じゃあ、二つ目。最後ぐらい私の……これまでの記憶を持っていけたりしないの?」
「それはできないなあ」
「あ、そう」
ここは駆け引きよ。このタイミングでもう一つの扉を用意してきたと言うことは、三回で終わられては困るってことでしょう。大体私が中に入ったとしても前世の記憶も何も持っていけないならエマはエマなんだから、中に入るのは私でなくてもいいはず。三回もチャレンジして言うセリフじゃないかも知れないけれど、これは私でないとダメな理由があるか、もしくは私しか該当者がいないんだわ。
「じゃあ、私は元の世界に戻りますね。お役に立てず、残念だわ」
そう言って右の扉のノブに手を掛けようとすると、慌てた様子で私と扉の間に割って入った男。ニコニコしてはいるが、明らかに焦っての行動だ。……勝った!
「もう一度チャレンジしてみようと言う気はないのかい?」
「だって、もう一度エマとして戻ったところで、今の私の記憶がないなら結局三人の王子の内誰かを選んで、同じルートを辿るだけでしょう? 最後のチャンスと言うなら今現在の私の記憶をそのまま持っていけることが条件よ。あ、あとヒント! 何か一個ヒントをちょうだい」
「まさか私相手に交換条件を持ちかけるとは……」
笑顔がなくなり困り顔になる男。いや、神だとするならこれも演技なのかも知れないわね。私がこうやって条件を提示することだって分かっていたのかも知れない。まあその割にはさっきは本気で焦ってる様子だったけどね。いつも余裕の表情を見せていた彼だけど、今は真剣に悩んでいる。
「記憶を持っていければ、成功できると?」
「それは分からないわ。ただ今までのエマとは思考も行動パターンも変わるでしょうから、記憶を持っていかない場合に比べれば幾分確率は上がるでしょうね」
「……」
記憶を持っていくことはそんなに難しいことなんだろうか、めっちゃ悩んでる。神で人知を超えた存在なのかも知れないけど、そういう優柔不断なところはゲーマー向きではないわね。思い切りよ、思い切り!
「あ、もういいのでそこ、どいてください。帰ります」
「あーっ!! 分かった! 分かったから帰らないで!」
彼を押しのけて扉を開こうとすると、更に慌てて私の体を押し戻した男。
「君はせっかちだなあ。分かったよ、君の要求を認めよう」
「そうこなくっちゃ! じゃあ……」
左の扉の前に移動して、腰を下ろし胡座をかく。そんな私の様子を不思議そうに見つめている男。
「??? 入らないのかい?」
「記憶を持っていけるんでしょう? だったらある程度ここで整理してから行ったほうがいいじゃない。ここなら安全だし」
「……」
呆れた様子で頭を掻いている。
「準備ができたら声をかけてくれ」
「はーい」
さあ、武器は手に入れたことだし、戦略を練りましょうか。まずはきっちりこれまでの三回を復習しておかないとね!