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2024年に見つけたこと

今年は様々な喪失があり、同時に多くのものを受け取れた年でもありました。なくしたものも、受け取ったものも、十分に認めながら毎日を過ごしたいと思い、こうして書き記すことにしました。

この記事は、以下エントリーの文脈を含んでいます。

望まないことだけど、もしもあなたが大切なものを失うときがきたら、思い出して欲しい。大丈夫。時間はかかるかもしれないけど、その物語を受け止めて、前に歩みを進める力は、あなたに備わっている。

奇しくもこの投稿のような1年になった。いや、なってしまった。

読み進めるにあたり、心配してしまう方もいらっしゃるかもしれませんが、ここには書ききれないほど多くのプロセスを経て、今日はしっかり地に足が着いています。

さまざまな喪失

生きてきた意味

私が大切にしてきた今までの物語が、すべて消えてしまったように感じた。人生で得たもの、持っていると思っていたものは、幻想だったのだと気づいた。所有、所属、つながりなどは、冬の厳しい海風に吹かれてすぐに消え去る儚いものだと感じた。

それでも、悲しみの中にずっと留まり続けるわけにはいかない。ほんの少しでも目の前に見えるもの、心に感じられるものがあれば、それだけで喜びを見つけることができる。失われたものを追い続けるのではなく、小さな喜びを受け入れる。それで十分だと思う。

必要以上に意味を求めなくてもいい。自分にとって必要な量だけ、意味を感じ取ればいい。

働くことの意味

気づけば、どうやら私は将来のために「今を借りて」働いていたようだ。これだけ働いたら次にこれをやろう、という前提で働いていた。将来の計画があった。だから、未来が無くなった私にとって、もはや働くことは何の意味も持たないものになった。今日と同じような明日があるなんて、幻想であった。

明日があるという幻想が消えたことで、意欲という意欲が無くなった。ただ、考えるに頼りすぎることなく、身体を動かすことだけは続けた。身体は今の表現しかできない。今日しか動かない。もう今日動くだけ動けば良いとした。ないかもしれない明日を楽しみにするよりも、いまだけを見るようにした。

会社員

多くの人にとって"独立"というのは多くの人にとって祝福される話かもしれないが、自分の場合は違った。それでも、いろいろなタイミングが重なり、会社員を辞めて生活できていることがありがたい。

会社員として働くこと、成果を示すこと、それを会社に伝え続ける仕組み。この仕組みのことを、色々なものの意味を失ってしまった私にとっては、どこか幻を作っているかのような、掴みどころのないものに見えている。

わたしは会社員を否定しないし、むしろその道を続ける人々に最大のリスペクトを持っている。二十歳の頃に定年まで会社勤めなんてできそうにないと思っていたが、やはり私にはできなかった。ただそれだけのことだ。

住む場所

札幌に引っ越して、やっと満足のいく家に住むことができた。普通の間取りで、集中できる場所も、安らげるスペースもある。持ち物も整理されていて、どこに何があるのかすぐにわかる。長年揃えてきた家具のおかげで、理想的な空間を作り上げることができた。

だが、すべてを手放すことになった。資産も減り、今後しばらくは自分にとって「普通の家」に住むことは難しいかもしれない。それでも、物を所有しないという意味が、少しアップデートされたような気がする。ミニマリストになるつもりはないが、物やことをもっとシンプルに、丁寧に暮らしていくことに、もっとじっくりと向き合いたい。

健康について

熱中症・心拍数

いまになって思うけど、今年はおそらく何度か軽い熱中症にかかっている。頭痛と倦怠感がずっと取れない時期があった。8月の畑は本当に暑かった。熱中症になりかけると心拍数が180ぐらいになっていた。こういうときは血圧が下がっていて危ないようだ。確かにちょっと視界が怪しかった。この頃からApple Watchを着け始めた。

もう絶対に暑い日に連続で作業はしない。今年は本当に集中力が微塵もなくて軽く悩んでいるほどだったが、熱中症になりかけるほどの集中力はあったことに気づけたから、もう十分である。そしてトラクターの方が先にオーバーヒートしてしまった…。

心電図

久しぶりに健康診断を受けた(会社員だったのにね…)。検査結果で心臓の様子がおかしいことがわかった。どうやら私は心臓の電気信号が1本動いていないようで、何度か検査をした。

結果は「経過観察」で済んだが、自分の命について考えさせられるきっかけになった。こんな2024年だもの、いつ自分の意識がなくなってもおかしくないなぁと思った。今年の出来事を振り返りながら、健康にはこれまで以上に気をつけたいと思う。

人はもともと持っていない訳だから

気がつけば、ほとんどのことに動じないようになっていた。すべては幻想であり、本当は持っているものも、得ているものなど何もない。そんな風にいつも思うようになった。なんだか般若心経みたいになってきた。

思わぬ形で「やってみたかった」が回収される

「今を借りて」働くことをやめたから、思わぬ形でいろいろなものが入ってきた。これからも今を手元に戻して過ごすことで、立ち現れることはたくさんあるだろう。

会社をつくる

4月に「あゆた合同会社」が生まれた。想像もしていなかった社会勉強。いまもなぜ「あゆた」が現れたのか、本当の理由は分からない。だけど突然現れた。それ自体に意味がある。会社をつくることに、手続きを含め大変だという声を聞いたことがあるが、驚くほどのスピードで会社ができてしまった。

まさかキャンプ場で研修をしたり、農業体験をやったり、森を開いたり、マルシェを開催するなんて思ってもいなかった。たくさんの人たちと協働して、いろいろなものが生まれ、ものすごい体験がたくさんできた。人の優しさにたくさん触れた。多くのことを学んだ。至らぬところも多くあったけれど、今年いただいた恩をこれから返していきたい。

土いじりをすること

あゆたでの活動を通じて、6月から小田原で畑を使わせてもらうことになった。振り返れば、畑のために札幌の家を手放して小田原に来たようなものだ。別に畑を買ったわけではないのに、なぜか「いまやることはこれなんだ」と思った。

いざやってみると、本当にたくさんのことが学べた。観葉植物のサボテンを枯らすぐらいの私だったが、植物とだいぶ仲良くなった。いまは小田原の家で観葉植物をいくつか育てている。幸いまだ枯れていない。

人は変わるものだ。先日、都内のカフェでコーヒーの木を見かけた。植物を観察する癖がついている私は、その木の様子がおかしいことに気づいた。特徴を調べてみると、どうやらコナカイガラムシの害によるものらしい(おっと調べないほうがいいよ)。店員さんに「このままだと枯れてしまうので、大事にしてあげてください」と伝えた。店員さんは微妙な反応だったけれど、以前の私ではあり得ない行動に自分で驚いた。

畑のほうは、ご厚意で場所を使わせてもらっているだけなので、来年は土いじりが続けられなくなるかもしれない。それでも、やれるうちは精一杯楽しみながら向き合っていきたい。

東京でライブをやること、下北沢でスタジオで遊ぶこと

ヤサシイネッキのライブにゲスト出演でステージに立たせてくれることになった。図らずも高校生や大学生の時にぼんやりと思っていた、東京でライブを演ることや、下北沢でギター担いで遊ぶという夢が叶った。迎い入れてくれて本当にありがとう。

気づけば2024年は3本もギターを買っていた。来年は小田原でも活動できたらいいな。作曲もしたい。

来年も一日を大切に

今年は、小田原の地域の方々をはじめ、人生で最も多くの人と出会えた一年だった。これでも他の人に比べたら少ないのかもしれないが、私にとっては精一杯の歩みだった。今年出会い、時間を共有してくれたすべての人に、心から感謝している。本当にありがとう。来年もまたどこかで会えることを願っている。

2024年という特別な年を振り返ってみて、改めて感じたのは、一人では決して乗り越えられなかったことも、多くの人とのつながりがあったからこそ前に進めたということだ。これからも、それぞれの物語が交差し、新しい景色が生まれる瞬間を楽しみにしている。

来年もまた、みなさんと一緒に歩んでいけますように。

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