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タヌパックブックスの現状
出版事業者としてISBNコードを取得したのはいつだったろうと日記を検索したら、2019年のことだった。
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あれから4年。タヌパックブックスでISBNコードを振っている本は37冊になる。コードは100冊分取得しているので、あと63冊余裕があるわけだが、もちろん、生きているうちにあと63冊作ることは不可能だろう。
当初から黒字経営は諦めていた。オンデマンド本は1冊単位で発注し、印刷・製本するので、単価が高い。それに取次業者の手数料と送料、さらにはAmazonへの手数料が高い。1冊売上ごとの手数料の他、売れても売れなくても毎月定額の契約料(約5000円)を取られている。ストレスになるだけなので細かい計算はしないことにしているが、黒字になっていないことは間違いない。
サメだかマグロだかは泳ぎ続けていないと死んでしまうとか。それと同じで、爺は創作し続けていないと生きていく気力が失せてしまう。ただ食べて、寝て、楽しいことだけしていればいいという毎日はありえない。もっとも、食べて、寝て、楽しいことをする時間がある生活というだけで、今の日本では相当贅沢なことなので、「それだけじゃ嫌だ」なんて、大っぴらには言えないんだけどね。
タヌパックブックスの出版物37冊の中で断トツのヒットは『新・狛犬学』で、今も週に1冊は売れ続けている。
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↓Amazonのページでのランキング
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これ以外はほとんど売れないのだが、最近ようやく狛犬関連以外の本もポチポチ注文が入るようになった。
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正直なところ、狛犬関連以外の本の注文があると嬉しい。本業に近いのはそっちなんだよ、という気持ちがあるから。
どうせ残された時間はわずかなのだから、生死に関わらない範囲なら、金勘定のことでアッパトッパすることはない。
宮沢賢治は、生きている間は自分の作品がまともに本にさえならなかった。
生前に刊行されたのは、詩集『春と修羅』と童話集『注文の多い料理店』だけだが、どちらも自費出版だ。『春と修羅』は地元花巻の印刷所に持ち込んで1000部を作り、ある人物に500部委託して東京での販売を頼んだものの、「ゾッキ本」(売れない新刊本)として流され、定価2円40銭のところ、古本屋で50銭で売られたという(Wikiより)。
『注文の多い料理店』のほうは、盛岡高農の後輩たちの協力を得てなんとか出版費用を工面して1000部作ったが、まったく売れず、賢治自身が父親から借金して200部を買い取ったそうだ。
まあ、それに比べたら、今の自分ははるかに恵まれた環境にいる。この幸福を味わい尽くしてから死ぬぞ、という前向きな気持ちになれる。
何かを伝える、残すという望みもほぼ絶たれて……
若い人たちには、爺の経験や技術の伝達をしたいという思いは強いのだが、こちらから接近しても老害だのなんだのと思われるのがオチだという気持ちがある。
もちろん求められればできる限りのことをしたいし、するつもりだが、求められることもない。価値観が違う世界の間では有益・有効な交流は生まれない。
お袋が死ぬ数か月前くらいに電話の向こうで言っていた言葉が何度も甦る。
「死ぬ前ってこういう感じなのね」
そのときはまともに相手にしなかったし、「こういう感じ」がどういう感じなのか想像できなかったけれど、今の自分はまさに「そういう感じ」なのだわ。
なんというか、違う世界に隔離されたような感じ。
この隔離された世界がどんどん狭まっていき、最後は自分しかいない世界になったときが死ぬときなのかもしれない。
多分、最後まで手を動かし続けるのは文章を書くことだろう。
今考えている本は2冊ある。
一つは『情報宗教』『情報宗教が世界を滅ぼす』といったタイトルのもので、現在の社会を分析し、人間の本性を見つめ直すようなもの。
これはだいぶ前にストップしたまま。
もう一つは、社会を分析しても虚しいだけだという思いから、自分の死への準備として『神は成長する』というタイトルのもの。
これは完全に自分に向けて書いている。
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↓『神は成長する』 の一部
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肉体は消滅し、現世での記憶も消えるが、その肉体(脳)とリンクしていた「神」が存在している。それは普遍・不変・絶対という神ではなく、肉体と共に変化(成長)しうる「何か」である。
……と、そんな想像を文章化しようとしている。
自分の中の「神」を少しでも成長させ、あるいは変化させてから、量子の世界に戻っていきたい。
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