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ミタール・タラビッチの「クレムナ予言」 その内容と信憑性(2)

さて、タラビッチの「クレムナ予言」の解読に取りかかって3日目。
昨日の日記で「私はこの本そのものを手に入れたわけではない」と書いたのだが、その後、WEB上を検索しまくり、出版された89ページのペーパーバック英訳本ではなく、その種本らしきもののPDFを見つけた。
著者名がないのだが、これがボイル氏の説明にある「セルビア/ウクライナ語で書かれた200ページあまりの本」に間違いなさそうだ。

↑最もオリジナルに近い文章が収録されていると思われる書籍PDFの冒頭

しかし、キリル文字で書かれたセルビア語なので、さすがに読めない。
で、試しにブラウザに入れている翻訳ツールで翻訳を試みたところ、それらしい日本語にしてくれるではないか。これにはかなり驚いた↓

↑キリル文字で書かれたセルビア語だが、日本語に変換してくれる

しかし、さすがに変な日本語で、このままではあちこち誤読しそうだ。
そこで、いきなり日本語訳にするのではなく、一旦英語に翻訳してみたところ、ほぼまともな英文になる。

↑日本語にする前に一旦英訳してみることにした

こういう作業をこの2日間ずっとしていた。
なんとか本一冊分を英文に変換したものをテキストエディタに貼り付ける作業を終えたのだが、改行で分断されていたり、あちこちつながらなかったり、一部の文字が英語のアルファベットに置き換わらず「?」になっていたりして、全体を把握するのはまだまだ遠い道のりという感じだ。気力が持つかしら……。

しかし、この作業をしていて、これがまったくの偽書、捏造ではなさそうだという印象が強まった。
この本の最初のほうは、著者がいかにしてタラビッチ予言のコピーを手に入れたかという説明や、クレムナという地域には昔から霊感を持つ者たちが数多く出現し、伝統的に「予言文化」とも呼べる風土があったといったことが書かれている。
親族や関係者、為政者、軍人、地名などの固有名詞が次々に出てくるのだが、その説明や描写に余計な比喩や美辞麗句が散りばめられすぎていて、冗長だし、まとまりがない。
例えば、自分(著者)がザハリヘ司祭に直接会ったときのことと、セルビアが独立を回復する端緒を開いたとされるミロシュ・オブレノヴィッチ1世のこと、セルビア軍の最高司令官ヤコブ・ネナドヴィッチのことなどがごちゃごちゃに並んでいて、時系列が極めて分かりづらい。
この著者には大変失礼ながら、いかにも素人が書いたと思えるものだ。
こうした乱雑でくどい記述は、我々がタラビッチの予言を知ろうとするときには面倒くさく感じるが、それがかえってこの文書の出自の信憑性を感じさせる。

我慢して読み進めると、この著者が1915年にザハリヘ司祭に直接会っていることが分かる。
前回紹介したボイル氏の親戚がドイツの書店で入手したという本は1982年印刷と記されているとのことだが、1982年にはこの本の著者はすでに他界していたのではないか。となると、この著者が相当高齢になってから出版したか、1982年印刷の本は初版本ではない可能性がある。
ともあれ、セルビア語で書いているからには著者がセルビア人であろうこと、タラビッチ予言を書き留めていた代父のザハリヘ司祭に1915年に実際に会っていたことは重要だ。

↑最初のほうにかなり長く書かれている、タラビッチの生涯やこの本が作られた経緯について説明している部分

英訳本の編纂者が「言い回しのいくつかがぎこちなく、ラフだが、これは彼の田舎訛りを正確に反映しているためだ。特に、タラビッチの言葉は、彼の代父であるザハリヘ司祭との会話で構成されているため、「あなた」または「あなたの子孫」という言及は、ザハリヘに関連していることに注意したい」という注釈をつけている意味もよく分かった。
local accentというのは、「訛り」というよりも「どもり」というか、単語を飛ばしたり繰り返したりするような話し方のことだろう。それ故に、英訳しても文法的に変な部分があちこち出てくる。
彼が19世紀セルビアの農夫で、文盲であり、世界観がガッチリと保守的であることが、彼の語り口の中に様々な形で出てくる。
例えば、

「セルビアでは、男性と女性を区別することはできません。みんな同じ服装になります。この災厄は海外からもたらされたものですが、とても長い間私たちの中にとどまります。花婿は花嫁を迎えつときも、どっちがどっちだか分かりません」

という一節があるのだが、これは伝統的な服装や髪型が消えて、欧米風のジェンダーレス文化に支配されるということだろう。その光景が彼にはとんでもない「災厄」に映り、不快感を隠せないのだ。

こうした記述を拾っていくうちに、この本に収録されているザハリヘのメモ(タラビッチが語ったとされる言葉の内容)部分が、少なくとも後世に創作されたものではないだろうという印象はますます強くなった。

2022年の今、特に目を引く記述

前置き(中置き?)が長くなるのもよろしくないだろう。ここで、前回敢えてとりあげなかった、最も気になる記述について触れていきたい。
まずはなんといっても以下の記述だ。

↑これでは意味がよく分からないので、一旦英語に変換してみるとこうなった↓

"The whole world will be plagued by a strange disease and nobody will be able to find a cure; everybody will say I know, I know, because I am learned and smart, but nobody will know anything.
People will think and think, but they will not be able to find the right cure, which will be with God's help, all around them and in themselves."
↑英訳本の記述

"The whole world will be ruled by some disease and no one will be able to stop it early reconnaissance; everyone will say I know, I know, because I am a scholar learned, and no one will know anything.
People with thoughts will wander around and around, and they will never be able to find it the right medicine, and with God's help, it will be everywhere around them and in them themselves.
↑セルビア語の原本を英訳ソフトで変換したもの

分かりやすく日本語にすればこうなるだろうか↓。

「全世界が奇妙な病気に冒されます。当初、誰も治療法を見つけられず、その病を止めることができません。自分は学者であり、知識があるので分かっていると言い張る者が大勢現れますが、結局のところ誰も何も分かっていません
知識人たちはああでもないこうでもないと悩み続けますが、神の教えに耳を傾けないので、正しい治療薬を見つけることができません。実は、治療法は、自分の身の回り、そこいらじゅうに、そして自分の心の中にあるのです」


これぞまさに2020年からの世界そのものではないか。

全世界が奇妙な病気に支配されるという事態は、1918年から1920年にかけて世界を襲ったいわゆる「スペイン風邪」にもあてはまる。
タラビッチの没年は1899年なので、スペイン風邪のことは知らない。だからこの幻視はスペイン風邪のことではないかという解釈もできるが、学者や知識人たちが「自分は分かっている」と言い張る描写は、むしろ今の世界にあてはまるように思える。
そして「答えは(専門知識や先端医学ではなく)すぐ人間の身近な場所、そして人間の心にある」という記述にドキッとさせられる。
2020年以降、全世界を支配した「奇妙な病気」の正体は、恐怖を煽られた末に信じ込まされた「心の病」だといえる。その治療法も、結局のところ、自分自身が持っている免疫力を保つための正しい食事や適度な運動、あるいはせいぜい葛根湯だのイベルメクチン、ビタミン類といった以前からある薬だからだ。まさに「答えは(専門知識や先端医学ではなく)人間の身近な場所、そして人間の心にある」ということではないか。

テレビのことを言っていると思われる部分も実に興味深い。
この部分を翻訳ソフトで英訳させると↓こうなった。

They will make a chest of drawers and in it there will be some chocolate with displays, and that he won't be able to talk to me dead, no matter what sokocalo* to be close to this other world, hair to hair with all human heads.
With the help of that box with a glass, the guy will be able to see what's going on everywhere on this earthly soil.

ここに「sokocalo」というまったく意味不明な単語が出てくるのだが、これを原文の綴りのままネット検索したところ、こんな説明を見つけた。

これらを勘案した上でこの部分の日本語訳を試みてみる。

「人は"引き出し箪笥"のようなものを発明するでしょう。
その中にはいろいろ魅力的なもの(some chocolate)が映し出されます。このガラス張りの装置のおかげで、人はこの地球上のありとあらゆる場所で起きていることを見ることができます。でも、この奇天烈な装置がどれだけ人間の脳に他の世界を目の前にあるように見せたとしても、そこに映し出された人間は死んでいて、私に話しかけることはできません」

↑かなり苦しい(都合のいい)解釈だと叱られそうだが、テレビというものをまったく見たこともないし、想像もできない19世紀セルビアに生きた文盲のタラビッチとしては、こうした表現が精一杯だったのではないか。
上の和訳では、文章の順序も入れ替えているが、説明しているタラビッチも、それを書き留めているザハリヘも、なんのことだかさっぱり分からないままなので、しどろもどろになるのは自然なことだろう。

ザハリヘが書き留めたタラビッチ語録は、彼らが理解不能な未来社会のことになればなるほど、このように意味不明、支離滅裂な記述が増えてくる。旧約聖書のエゼキエル書冒頭部分に通じるものがある。(エゼキエルが見た「神」は、金属製でジェット噴射をしながら地表を直線移動する月面着陸船のような乗り物だったと思わせる記述)
それがまた(しつこいようだが)、この原文が実際に19世紀に記述されたものだと思わせる要素にもなっている。

さて、今回はあちこちのタラビッチ関連サイトで話題になっているプーチンのことらしい記述や、第3次世界大戦のことを予言している部分に触れようかと思ったのだが、「原書」ともいえるセルビア語のこの文献を見つけたことで、今回はそこまで急がないことにした。
というのも、原文をじっくり見ると、すでにあちこちで紹介されている日本語訳とはかなり違うニュアンスも読み取れて、少し時間をかけて読み解く必要があると思うからだ。
というわけで、今回はこのへんで一旦止めておこう。
次回はいよいよプーチンや第三次世界大戦のことを述べていると思われる箇所を読み解いてみたい。


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『新釈・クレムナの予言 タラビッチが見た「世界最終戦争」』

19世紀セルビアのクレムナ村に生きた農夫、ミロシュ・タラビッチとその甥ミタールタラビッチが残した「クレムナの予言」は、あまりにも詳細な部分まで実現したので偽書ではないかという議論が起きた。多くはセルビアの未来についての予言だが、現代、そしてこれから起きることを述べていると思われるものも含まれ、注目度が高まっている。コロナやウクライナのこと、グレート・リセットのことを予言したかのような内容もある。
謎に満ちたクレムナの予言をセルビア語の原文にあたって全容解読を試みつつ、我々はそこから何を学べばいいかという視点も提示した意欲作。
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こんなご時世ですが、残りの人生、やれる限り何か意味のあることを残したいと思って執筆・創作活動を続けています。応援していただければこの上ない喜びです。