誤振り込み事例における被告の特定方法の検討

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1 はじめに

⑴ 本稿のテーマ

 誤振り込みの事例において、振込先の口座の持ち主が組戻し(銀行実務上、受取人の預金口座に入金記帳がされるまでに、振込依頼人の依頼により一旦開始した振込手続を取りやめ、振込依頼受付前の状態に戻す手続であり、銀行は入金処理完了後も受取人の承諾があれば組戻しの依頼に応じるという運用である。)に応じない場合、あるいはそもそも連絡がとれずに組戻しができない場合、振込主は振込先に対して不当利得返還請求をすることになるが、被告となる振込先名義人の氏名・住所をいかに特定するのだろうか。振込主が依頼者となったとき、弁護士の対応を検討する。


⑵ 事例設定

 Xは、A銀行に、X名義の普通預金口座αを有し、YはB銀行にY名義の普通預金口座βを有する。

今、Xは、Aに口座αから100万円を、Bの第三者名義口座に振り込みを依頼するつもりで、ATMを操作し、誤った口座番号を入力したことで、結果として、Aに対して、口座βへの振り込みを依頼した。AはXの振込依頼に基づき振込手続きを行い、Bは口座βに100万円の入金を記帳した。

その後、Xは誤りに気が付き、Aに組戻し依頼したが、AはYと連絡がとれず、Yの同意が確認できないため、組戻し手続きが行われなかった。

Xは、自身の取引履歴から、Yの口座βの口座番号およびカタカナ表記の名義のみYの情報を有している。


⑶ 検討の手法

 設例と同様に、警視庁の警察官が捜査協力費を誤った口座に振り込み、振込先の銀行に連絡したものの、口座開設者と連絡がとれず、不当利得返還請求訴訟を行った事例(東京地方裁判所令和4年(ワ)第4225号令和4年9月30日民事第37部判決。以下、「R4年事例」という。)の訴訟記録から、弁護士の取りうる手法を分析する。


2 弁護士のとりうる一般的手法

⑴ 被告の情報の保有主体

 銀行口座の開設にあたっては、銀行は申込人の本人特定事項(氏名、住居を含む。)を確認する義務があり(犯罪による収益の移転防止に関する法律4条1項1号)、確認記録の作成義務がある(同6条)。したがって、銀行は、銀行口座開設者の氏名・住居の情報を有している。

設例では、B銀行がYの氏名・住居の情報を有していることになるため、B銀行に対してかかる情報の開示を求めることができる手段が問題となる。


⑵ 弁護士会照会

 弁護士法23条の2に基づき、事件を受任した弁護士が弁護士会に申し出て、当該弁護士会の審査を経た上で、当該弁護士会が公私の団体に対し、必要な事項の報告を求めることができる(弁護士会照会)。

 照会先の報告は、個人情報保護法23条1項1号所定の「法令に基づく場合」にあたるため、情報の主体との関係でも許されるとされる。

 照会を受けた団体の報告義務は、判例(※注1)によると、正当の事由がある場合をのぞき、原則として報告義務を肯定する 。しかし、報告義務に強制力はなく、照会をうけた団体の任意の履行を期待するほかないとされ、報告拒否も不法行為になるものではない(※注2) 。

銀行など金融機関では、顧客に対する守秘義務との関係から、口座名義人の氏名等の事項を求める弁護士会照会に対して、その報告を拒否することが多い 。


⑶ 職務上請求

 職務上請求は、住民票(住民基本台帳法第12条の3第2項、第7項)、戸籍(戸籍法10条の2第3項)で利用可能であるが、いずれも相手方の氏名・住所が判明している必要があるため、本設例では問題にならない。


⑷ 調査嘱託

 被告の銀行口座番号・カタカナ名のみがわかっているため、訴訟を提起して、被告の氏名等の回答を銀行に求める釈明処分としての調査嘱託(民事訴訟法151条1項6号、同条2項・186条1項)をする手法が考えられる(訴訟提起の可否は後述)。なお、銀行は当該情報を文書の形で保有していない、あるいは文書として特定ができないと思われるから、文書送付嘱託(同226条)・文書提出命令(同223条1項)は適切な手段ではない。

 調査嘱託においても、嘱託先の回答義務は認められるが、公法上の義務にすぎないため、損害賠償までは認められない (※注3)。

 もっとも、嘱託先の任意の履行に期待せざるを得ないものであるが、金融機関においては、弁護士会照会には応じないものの、訴訟が提起された後の調査嘱託には応じることも多い 。実際に、R4年事例でも、銀行は弁護士会照会には応じなかったものの、調査嘱託には応じている。


3 訴訟提起の適法性

⑴ 被告の特定にかかる問題点

 訴状の記載には、被告の特定が不可欠とされるところ(民事訴訟法134条1項、同規則2条参照)、通常は氏名と住所により特定される(※注4)。もっとも、本件のような事例では、訴え提起までに、被告として銀行口座名義人のカタカナ名、口座番号しか判明していないため、問題になる。


⑵ 被告の特定

 被告の特定に関し、通説としては、被告が他者から識別される程度の特定が必要とされ、これは通常、氏名と住所によってなされる。氏名については、識別性を有する以上、商号、雅号、芸名によることも許される。また、住所が要求されるのは、自然人として生活の本拠を示すものだからであり、現在の住所でなくても、最後の住所、継続的な就業場所によっても足りると解される(※注5)。

 本件は単なる誤振り込みの事案であるが、実際には振り込め詐欺の加害者・口座名義人を被告とする場合も同様に被告特定の問題を生じる。その場合、被害者救済の観点から、被告の特定を緩和し、カタカナ名・口座番号による特定で足りるとすべきだという主張もなされる。しかし、そのような記載では、執行が困難になりうるし、判決の騙取の危険があるとして否定的な見解の方が有力だと思われる(※注6)。


⑶ 裁判所の対応

 カタカナ名と口座番号により被告を特定する場合、裁判所の対応としては、①訴状を不適法として却下するもの、②釈明処分による調査嘱託をして被告が判明すれば手続きをすすめるもの、③被告の特定を十分として手続きを進めるものがありえる。

 本件と同様の事例で、調査嘱託による調査すらせずに訴状却下することは許されないとした裁判例がある(※注7)。なお、この裁判例は原告が弁護士会照会などを利用し、調査を十分尽くしたものの被告が判明せず、訴えの提起と同時に調査嘱託を申し立てたため調査嘱託によって被告の氏名等が判明する可能性がないとはいえなかったことが重視されたものであり、弁護士会照会や調査嘱託の申立てを行わない場合には訴状却下となった可能性が高いことに留意すべきである。

 また、実際に銀行が調査嘱託に応じる事例も多く、カタカナ名・口座番号による被告の特定のまま判決まで行った事例は見当たらない。


⑷ 小括

 以上の検討から、銀行が調査嘱託に応じるか否かが実務上決定的に重要であり、銀行が調査嘱託には協力的であれば、被告特定の問題は生じないものとなる。他方で、銀行が調査嘱託に協力しなかった場合には、被告特定の問題が顕在化し、訴えの却下・訴えの却下がありえる。


5 本設例における検討

 Xから依頼を受けた弁護士としては、まずB銀行に弁護士会照会するなど、Yの氏名・住所についての調査を行うべきである。なお、銀行が弁護士会照会に応じない旨の回答を事前にすることはありえ、その場合には弁護士会照会を実際には行わないこともありうる。R4年事例では、実際には弁護士会照会はしていないと思われるが、東京都が原告になったため、銀行が「弁護士会照会には応じない」旨の回答を行った可能性が高く、一般的な私人の誤振り込みの事例でも、銀行が同様の対応をする可能性は小さい。したがって、基本的には弁護士会照会は行うべきである。

 次に、X代理人として、訴訟を提起し、調査嘱託の申立てをすることになる。訴状の記載としては、R4事例での訴状を参考にすれば、住所につき「住居所不明(株式会社みずほ銀行○○支店口座番号普通○○○○Y(カタカナ名)名義の口座登録住所)」、氏名につき「Y(カタカナ名)」という記載になる。

 調査嘱託にあたっては、裁判所としては確定判決を騙取する目的の有無には細心の注意を払うと思われる。誤振り込みの経緯・原因・状況に関する証拠資料の収集も同時に行う必要がある。R4事例では、本来の振り込みにかかる請求書、誤振り込みの際の明細票が証拠として提出されていた。

 被告の漢字氏名・登録住所が判明すれば、訴状訂正の上、改めて訴状送達を行うことになる。訴状の訂正がされれば、確定判決を得ることで、強制執行も可能となる。なお、R4年事例では、調査嘱託によって、被告の現在の所在までは判明しなかったため、公示送達がなされた。R4事例での誤振り込み先は、休眠口座であった可能性も高いが、そのような場合でも債権を回収しうる。

 都市銀行は、現在、調査嘱託に応じる運用がなされている場合が多いと思われるが、銀行が調査嘱託に応じなかった場合には、訴状却下あるいは訴えの却下となる蓋然性が極めて高い。


※脚注

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