
誰がためにガベルは鳴る?
前話
「後ろの方、聞こえますか?せっかくなんで、よろしければ前へ。僕は基本当てませんから」
「レジュメはもう?あぁ、ありがとうございます」
「お待たせしました。本日はオープンキャンパス特別講義『誰がためにガベルは鳴る?』にご参加いただき、まことにありがとうございます」
「私、主に債権法を専門にしております、森と申します。そういったご縁で、本学では法学入門という科目も担当しております」
「法学入門というのは、まぁ聞いての通り法学の基礎の基礎というべき重要な事項を扱っている単元でして、もし皆様が本学にご入学頂いた暁には必ず受講いただくことになります」
「ですので、本日は法学入門のなかでも特に重要な概念である、『法源』について私がお話しをさせて頂きたいなと」
「ま、なにぶん時間が限られてますので、かなりコンパクトな話にはなってしまいますが、お付き合いいただければ幸いです」
「さて『法源』とはなにか。非常にザックリ申し上げるなら、ルールの裏付けというのがしっくりくるかもしれません」
「お手元のレジュメをご覧ください。これはつい先日出されました、裁判所の判決文です」
「そうですね、ではそちらのブルーのシャツの方。レジュメの『主文』という部分を読み上げて頂けますか」
「当てないと申し上げたのはウソです。すみません、私の授業は当てていきます」
「はい。ありがとうございます。お座りになっていただいて結構です」
「今読み上げていただいたとおり、本件において裁判官は無期懲役という判決を下しました」
「しかし、ここで我々はこう、言いがかりをつけないといけないのです」
「『その判決はオマエが好みで決めたんじゃないのか?一体全体、どういった根拠で偉そうに判決を下したんだ』と」
「裁判官はこう返します」
「私は刑法第199条に基づいて判決を下しました、と」
(殺人)
第百九十九条 人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。
「私が何を申し上げたいのか、お分かりになられたでしょうか」
「つまり、法源とは法、ここでは判決の根拠とも言うべきものです」
「法とは、人の自由や財産、そして日本においては生命さえも剥奪しかねない、非常に強力なものです」
「だからこそ、我々は法に根拠を求めるのです。その法によって何が守られて、何が奪われるのか。それが正義に適うのかを判断するために」
「私がこの講義でお話ししたいことはたった一つです」
「常にルールの根拠を探してください」
「そのルールはなにに基づいていますか?法律?民意?あるいは慣習?」
「みなさまも日々ルールに沿って生活されていると思います。それは校則かもしれませんし、社内規則かもしれません。家庭内での決め事もあるでしょう」
「しかしルールには必ず根拠が必要です。もし皆様が本学にて学習して頂く時には、ただ法を飲み込むのではなく、常に法の裏側をしつこく覗いて欲しいのです」
「それこそが法を学ぶ第一歩だと、私は考えます」
「以上で、梟大学オープンキャンパス特別講義を終了いたします。ご清聴ありがとうございました」
「お疲れさまです」
「あぁ、お疲れ。たまにはこういう表の仕事もやらないと。ウチは内部進学生が多いけど、外部も受け入れなきゃ」
「一つだけよろしいですか」
「どうぞ」
「学長が殺されました。銃殺です」
「そう」
「森先生。あなたがやったんですか?もし人の死が逃れられない不文律であるなら、その後ろには何があるというのですか?」
「そうだ。僕が殺した。そしてその後ろにあるのはね」
「ただの物理法則だよ」
次話