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TANTAN個展の立体作品『ジオマンティック・クリスタルグリッド 京都・平安京大内裏バージョン』について

アメジストタブレット・プロローグ 髙橋寿介 a.k.a. TANTAN 個展

2023/10/15(日) – 10/24(火) 12:00 – 18:30
@Star Poets Gallery
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今回京都個展のために制作された『ジオマンティック・クリスタルグリッド 京都・平安京大内裏バージョン』は、当初、数年前から制作してきた立体作品『クリスタル・アソート』シリーズの最新バージョンとして制作していました。

しかし制作終盤になった際に、ふとしたきっかけでマスターの一柱であるサンジェルマンから強烈なインスピレーションを受け取りました。

その内容は「クリスタル・エネルギーデバイス(装置)」によるジオマンシー・システム」であるというメッセージでした。


その体験により全体的な作品の方向性が更新されたのです。


サンジェルマンからのメッセージを深く読み解くとその背景には風水思想、あるいはジオマンシーの存在があることに気づきました。

風水とは眼に見えない天然自然の原理を動因とする、天(風)地(水)による不可視の現象、運動です。

その不可視の運動原理は、「気」であり、風と水の動きで気流が変わることにつながります。




とても大雑把に言えば森羅万象の変化とは「気」の動きそのものであり、風水思想とは「気」を感知し、環境への適応を明らかにする思想であります。

そのメソッドのとしての風水術が、すでにおなじみの住居の位置と方角、墓の位置、向き、配置、建設技術などを確定する方法として現在でも多くの人たちに利用されているものです。

一方、ジオマンシーとは、諸説ありますが8世紀から9世紀頃にアラビア半島で生まれた占いと言われており「土占い」とも呼ばれています。

語源はアラビア語で「砂の科学」に由来しているようです。原型はその名の通り当時は大地に線を書いて吉凶を占うものでしたが、その後、さざれ石やサイコロ、硬貨、米粒を使う形となり、中世、ルネサンス期ヨーロッパにおいては、紙とペンを用いて占う方法に変化し、とても人気を博したと言われています。

どちらも大地の摂理から生ずる気の流れを上手に暮らし、あるいは社会のさまざまな建築物、事象に適応させ、自然界のエネルギーを発展的な流れに利用するという思想です。




当然ながらこの風水思想は中国、朝鮮韓国、日本に限定されるわけではなくて、東アジアのみならず、フィリピンやタイ、あるいはジオマンシーが生まれた古代ギリシャにまで及びます。

古代ギリシャの自然哲学者、医者、詩人、政治家でだったエンペドクレスは、「われは土によりて土を、水によりて水を、空気によりて輝ける空気を、また火によりて破壊的なる火を、愛によりて愛を、おぞましき憎しみによりて憎しみをみるなり」と語り、人間も他のものも、地水火風の四大元素と愛憎の二つの力からなる合成物であると考えました。

日本においては、古代中国の風水思想が渡来系の人々によって持ち込まれました。法と権力を備えた中央集権国家としての日本は、まさに彼らによってつくられました。

当然、その首都である宮都の造営には風水思想が取り入れられました。参考文献からの引用となりますが、その始まりは577年、造寺、造仏が百済からの渡来によってスタートします。

その後、建築と造形の専門家が列島に上陸し、588年百済は仏舎利,僧,寺工,瓦博士,画工(白加)を献じ,馬子は法興寺(飛鳥寺)建立を発願した。




592年推古天皇の即位、593年聖徳太子が摂政となり、6世紀末迄は百済、新羅、高句麗など朝鮮半島から大きな文化の移入がありました。聖徳太子・・蘇我一族は次に中国大陸からの直輸入ルートの開拓に着手。

607年遣隋使小野妹子の派遣を皮切りに遣隋使、遣唐使による大陸文化、知識、技術輸入の歴史がはじまり、まず655年に飛鳥京が造営されます。

その後、694年に藤原京、そして710年平城京遷都、当然ながらその都市づくりには風水の思想が取り入れられました。

その後も恭仁京、難波宮、紫香楽宮、平城京と遷都は繰り返され、いよいよ794年、大陸文化と列島多民族技術の結晶とも言える千年の都・平安京が生まれました。

今回展示されている『ジオマンティック・クリスタルグリッド 京都・平安京大内裏バージョン』は、現在、スターポエッツ・ギャラリーのある場所が平安京の中心である大内裏のエリア(※ピンポイントでは大内裏内・陰陽寮があった場所)に位置することから、風水学的にとても類い稀なる気のエネルギーを現在地へ再生させることが可能であると推察。

その整列された気のエネルギーと山背(京都)盆地に平安京が置かれる以前の、遷都後に丹波国に押し止められた縄文からの先住民たちと渡来系先住民である加茂氏,秦氏,出雲氏,八坂氏,土師氏などの人々の生活文化の基礎にあった呪術と自然霊とつながることで醸成されていた豊かな霊的エネルギーの復興を意図せずして具体化するインスタレーション・アートワークとして構成したものです。




わたし自身、鉱物のエネルギーとつながるワークを長年行ってきた経験的叡智として、風水、つまり自然界の気の流れをコントロールしているパワーは地殻内の水脈と鉱脈にあることと理解しています。

すでに周知の事実ですが、平安京が置かれた山背(京都)盆地、現在の京都市の地底には巨大地底湖が存在しています。

その水量は琵琶湖の水量と比較すると琵琶湖の8割にも達します。

当然その地底湖とつながるかたちで京都市の地殻内部には無数の鉱脈が行き交っています。

つまり、京都盆地は鉱脈と水脈が集中するボルテックスであり、大陸から輸入された風水思想の観点から見れば、宮都造営に最適最高の立地であったというわけです。

平安京が794年(延暦13年)から1869年(明治2年)まで、つまり1000年つづいた宮都として栄え続けたその背景には、京都盆地の自然界の持つ類い稀なる天(風)地(水)のパワーを道教・陰陽道の叡智で上手に半物質化した結果だと言えるでしょう。

また山背(京都)盆地に一万年前から暮らしてきたであろう先住民族もその地底湖の存在を感知し、この類い稀なエネルギー・ボルテックスにおいて豊かな生活基盤をつくり上げてきたのでしょう。


今回展示している『ジオマンティック・クリスタルグリッド』を構成するひとつひとつの『クリスタル・アソート』は、「クリスタルによるジオマンシー・システム」として、風水学的に完璧な京都盆地の自然界の持つ類い稀なる天(風)地(水)のパワー、平安京からの陰陽道の叡智により都自体に顕現された気のエナジーを、より緻密なクリスタルアソートの集合体としてのクリスタルグリッドにより再生しました。

つまり、平安京の中心地があったスターポエッツ・ギャラリーのあるエリアに現在も流れている大内裏を守護・発展させてきたであろう風水エネルギーを『ジオマンティック・クリスタルグリッド』を構成するひとつひとつの『クリスタル・アソート』に転写し、それぞれがアート作品としての価値を持つとともに「クリスタル・エネルギーデバイス」として機能するということなのです。

さらに深読みすると、飛鳥京、平城京から平安京へと発展していく大和のエネルギーの中心に大物主を祀る氏族である物部氏が深く関与していたこと、そして朝廷の祭司としての霊的エネルギーの基盤がその物部氏の呪術力をそのまま転写していることにつながっていたという史実を考えれば、それは平安京の霊的磁場である朝廷の霊的存在の背後に物部氏のエネルギーがつながっているということにもなり得ます。

しかし、物部氏は朝廷が平城京を捨てたときに権力システムから排除されており、その排除に対する祟り神としての怨念は深く政権の中心を脅かしつづけていたことも当然のことでしょう。




今回、スターポエッツ・ギャラリーにセットした『ジオマンティック・クリスタルグリッド』は大物主・物部氏の強大な怨念を解除することで、あらたな京都盆地のエネルギーの流れを生み出すことも目的のひとつであるということを最後にお伝えしておきます。

平安京とその中心である大内裏を守護・発展させてきた風水エネルギーを転写した『ジオマンティック・クリスタルグリッド』を構成するひとつひとつの『クリスタル・アソート』を、ご自宅、職場などさまざまな空間に配置することにより、場のエネルギーを浄化し、整え、大地のパワーバランスを整える作用が発現するでしょう。

お気に入りの『クリスタル・アソート』が見つかったら、ぜひ、ご自身の生活空間に配置してみてください。


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