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今はこういう気持ちです。
今考えてみると異常な状態だったと思います。
それがまだうっすらと自分の周りに残っていて、どうしたらいいのかわからない、そういう気持ちになっています。
私の結婚は失敗でした。
その大きな理由に相手との考え方の違いがありました。
それは絶対に埋めることができなくて、時間が経つほど広がって、どうすることも出来ませんでした。
しょうがなかったんだと思います。
だから離婚をしたことは間違いではありませんでした。
世間体しか考えていない相手相手の家族と、それよりも本当の意味で生活を充実させたいと思っていた私と、噛み合う訳はなく、別れてしまったのは必然だったと思うのです。
そういう中で私は私なりに精一杯がんばりました。
だから昔のことを振り返るよりも、これからをどんなふうに生きていくのか?
そちらの方が大切だと思っています。
すごく前向きということもないけれど、あえて後ろ向きにもならないで、その時にできることを少しずつ少しずつ積み重ねていく、私にはそれしかできないから、そうしていこうと考えています。
日々を穏やかに過ごしていくためには、世間体も大切なのかもしれません。
でも、世間体ばかり気にして、それに振り回されてばかりいたら、自分の暮らしはできません。
他の人の言うことばかり神経質に気にしていたら、生活はおかしくなって壊れてしまうと思います。
そうしなくてもいいように、そうしなくてもいい場所に住み替えたいのです。
結婚していた相手の考え方、相手の家族の考え方にどうしても馴染むことができず、今のような状況になってしまったことをいろいろと考えてかなり苦しみました。
それは結婚生活をしていた間ずっとでした。
そうしてそれも終りました。
今はまだいろんなことがきちんと受け止められなくて苦しんでいますが、相手を責めるのではなく、自分を責めるのでもなく、ただフラットに自然な自分に帰っていく途中の状態なのだと思っています。
私は多分彼らのように考えたり、行動したりすることはできません。
すべてのものへの考え方が、全く違っているからです。
そうしてもう離婚をしてしまったのだから、どちらもそのままで全く別々に暮らしていけばいいだけなのだと思っています。
その人たちにはその人たちの考え方があって、それでその人たちの生活がつながっていくのなら、それは私と関係のないことです。
私には私の考え方や守りたいものがあって、それが重なることは絶対ないだから、仕方がなかったと思っています。
でも、21年は長かったです。
その間、自分を育てることが全然できていなかった私は、今もかなり戸惑っています。
生活をどうにか守って、子どもを自由にさせてあげること、なぜだかわからないけれど私と暮らすことになってしまった母親を助けてあげることだけで精一杯で、自分のことは全てにおいて後回しでした。
その態度を観察されていて、それで判断されてしまった、そのことが私の大きな間違いだったと、今は思っています。
そんなふうに違う生活を作ろうと努力できることが、自分にとってのしあわせだと考えています。
状況は決して甘いものでも楽なものでもなく、厳しいものでしかないことは自分自身が1番わかっています。
でも、それから逃げるために間違っている方向に進んでしまったり、元に戻ろうとして結局全てを無駄にしてしまったりしてはいけない、そう思うからマイナスばかりを考えるのではなく、あえてそれをしあわせだと表現し続けてきました。
それはあくまで方便で苦いお薬を甘いお砂糖で包むような、そういうことでしかないのかもしれません。
それでもそれしかできないのなら、それをして、少しでも良い方向に進む努力を続けてみようと思いました。
物事にはいつだって良い面と良くない面の両方があります。
どちらかだけを大げさに受け止めて大騒ぎするのは間違っています。
両方を冷静に受け止めた上で、少しでも良いほうに向かって進んでいく努力をすることが、どんな時でも必要なのではないかと考えています。
前向きな言葉何もなく、不安な状態であるからこそ、私はあえて自分の中の小さな小さなしあわせの粒のようなものを大切に拾い集めて、それを自分の力に変えていけるような生き方がしたいのです。
それを馬鹿にしたり、おかしな理屈で勝手に決めつけて、いじめてくる人はたくさんいます。
そういう人たちから離れて、自分をちゃんとまっすぐに受け止めてくれる人たちと出会えるように、暮らす場所を変えたいと考えるようになりました。
その人たちは変わらないから、自分を変えてしまえばいいのではないかと思いました。
だから先に進んでいくことを決めました。そのことに問題はないと思っています。
私はずっと、細やかなことを少しずつ積み重ねて日々の暮らしをつないできました。
自分は多分、そういうふうにしか、生きられない人間なのだと思っていました。
これからまた別のことをするようになっても、やっぱりそうなのかもしれません。
だから、そういう自分の性質をきちんとわかった上で、間違ったことを選ばないように、新しいことを見つけていくしかありません。
それって実はとても難しいことだということが、やろうとしてみて初めてとてもよく分かりました。
全く見当がつかなくて、本当に大変です。
でも大変なのは私だけではなくて、多分全ての人なのです。
だから絶対あきらめないで、自分が本当に良かったと思えるような生活をできるような選択をしたいと考えています。
できるかどうかわからないけど、探し続けて見つけてみたいと思っています。
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![竹原なつ美](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/87771317/profile_685d1cdce10eb5d32ab128e89494689c.jpeg?width=600&crop=1:1,smart)