夜中の電話(父の血) #月刊撚り糸
ルルルルルルルルル・・・・・・・・・
真夜中に電話が鳴った。
なんとなく眠りにつくことができなくて起きていた私。
仕方なく下の部屋に降りていく。
ふうっと息を大きく吐いて受話器を取った。
向こう側の人の慌てた声が耳に響く。
「すみません。子どもの熱が下がらなくて。他にも何軒も電話したんですけど、どこも出てくれなくて」
まだ若い母親の声。
引っ越してきたばかりで病院の場所がわからず、夜遅く急に熱を出した子どもに薬を与えたくても、荷物のどこに薬が入っていたのか、混乱してしまってとっさにわからず慌てているということだった。
一人暮らしを長い間続けてきたのだけれど、仕事を止めなければならなくなってしまった私は仕方なく薬局をつづけている実家に帰って来るしかなかった。
本当は嫌だった。
親戚も近所の人たちもうるさいし。
貯金が全然なかったわけではないけれど、収入が全くないのに…っていう気持ち。
亡くなった母のやりくりを見て育った私には無茶ができなくてここに帰ってきてしまった。
「大丈夫ですか? ここの場所わかりますか?」静かに聞くと、
「はい。実は今お店の前にいるんです。昼間に近くの八百屋さんに来た時に前を通って覚えてたから」
「そうなんだ。じゃあ、すぐに開けますね」
シャッターを開けるために外に出ようと戸を開けた。
少しまだ寒かった。
(何か羽織ってくればよかったな…) 後悔したけど遅かった。
そうして外に出てみると、そこには小さな子どもと手をつないで、もう一人を負ぶって、小柄な若い母親がスマートフォンを握りしめながら少し震えて立っていた。
朝夕と日中の気温が大きく違うから、今の時期体調を崩す人はたくさんいる。 小さな子どもやお年寄りは気をつけなければいけない季節だ。
「大変でしたね。すぐ開けるから待っててくださいね」
そういうと、母親は小さく頭をこくりと下げた。
慌ててシャッターを上げて、入り口のカギを開けた。
そうして店の中に三人が入ってきた。
店の開いているところに丸椅子をふたつ並べて置く。
「どうぞ、座ってください。お疲れでしょう」
私がそう言って勧めると、
「すみません」
母親は小さな声でそう言って、腰を下ろした。
母親と手をつないで歩いてきていた男の子は眠そうな顔をしている。
私はその子に小さなサイズの紙パックのジュースとレモンの味の飴を渡して「お疲れ様」とそうっと言った。
男の子がにこっと笑った。
母親は申し訳なさそうな顔をして、「ありがとうございます」と言って頭を下げた。本当に疲れ切った顔をしている。
「いいんですよ。困ったときはおたがいさまです」
私は温まったおしぼりを母親に渡す。薬局なんだけどこういうものを置いているのはご近所に住んでいるお年寄りのため。
一人暮らしになってしまったお年寄りが買い物のついでに寄って世間話をしていく時に必要だから、そう言って父がちょっと前に導入したもの。
みんな頑張ってきた人ばかりなんだから。
そう言って採算が取れているのかいないのかわからない店を切り盛りしている。
ここに来て世間話をしていく人に本当に親切で、重たいものやかさのあるもの、お年寄りが運びにくい物は家まで運んであげたりしている。
母親はおしぼりのビニール袋を開けないでそうっと自分の両目にあてた。
疲れているんだ。
そう思った。
寒そうにしていたので腰かけている二人にそっと小さな毛布を掛けてあげた。
それもここに通ってきてくれるお年寄りのためのものだった。
母の背にしょわれた子どもを降ろしてあげる。
この子が横になるのはソファ。
これもお客様用。
この子をここに寝かせるために二人には丸椅子に座ってもらった。
その丸椅子には常連のおばあちゃんが作ってくれたふかふかのクッションが取り付けられてて座り心地は多分最高。
だから胸をはって勧めることができた。
そして母親にあたたかいお茶を渡して寝ている子どもの汗をタオルで拭いてあげた。
赤い顔をしている。
苦しそう。
可哀そうに。
薬、どれがいいんだろう?
そう思っていたら、奥から父が眠そうな顔をしてふらりと出てきた。
「どうしたの?」
事情を話すとすぐに子どもの様子を見て、母親に症状を聞き始めた。
そしてすぐに薬を選んで母親に渡した。
母親は泣いていた。
「有難うございます」
そう言って頭を下げる。
「疲れてるんでしょう?差し支えなければもう少し休んでいけばいいですよ。もし迷惑でないのなら帰る時は送ってあげます」
はぁ、またお父さんのお節介がはじまっちゃった。
そう思ったんだけれど、
父のことを好きだなとあらためて感じた。
そうして私自身も、父の子どもなんだとあらためて思い返した。