自分の思いに素直に向かう。
母のこと、ほんとの意味で大切にしてあげるために私はたくさんのものを犠牲にして一人になりました。でも、誰にもきちんと理解してもらえずに、混乱していただけでした。母を一人の人間として大切にしてくれる環境に置いて上げられたらそれだけでよかったんです。
それを変な形で誤解されてしまって何もかもが歪んでしまいました。
私が思いもしないかたちで人のことをおかしな風に考えて困らせることにどんな意味があるのか、正直まったくわかりません。
どんな人にも必ず、どうしても譲れない思いが必ずあるはずで、そのことをほかの人が壊すのは絶対に間違っていると思います。
何にもわかっていないのに勝手に人を決めつけて傷つけるなんて間違っていると思います。
そういう人に囲まれて、私はすごく怯えて暮らすようになってしまいました。人間の尊厳はどんな時でも守られないといけないと思います。
それを壊して自分の利益に結び付けようなんて、絶対に間違っていると思うのです。
だけどここで私が起こったところで、何にも変わるわけではないし、だからせめて今の生活をいい方向に変えていくことしか私にはできません。
自分にできることを精一杯頑張って、夢を叶えていくことができたら、ほんの少しだけでも、母も私も報われてゆくような気がするから、諦めないで努力し続けていきたいと思うのです。
先日観た映画の中の女性のように、私もひたむきに努力することを続けてみようと思うのです。
ミセス・ハリスは数々の困難に遭遇しても、決して夢を諦めないで前に向かっていきました。そしてなぜだか不思議なことに助けてくれる人たちに出会い続け、その人たちに誠実に対応し続けることで最後に夢を叶えました。
彼女は自分の置かれた場所や境遇を嘆くより、そのままの自分でそのまままっすぐ自分の夢に向かい続けた結果、思いもよらないチャンスをつかみ続けて自分の夢を叶えたのです。
それはただの奇跡ではなく、彼女の生き方が、周りの人への接し方が、その結果へと彼女を導いてくれたのだと感じました。
だから私も、自分の目先の利益よりも、本当の願いを叶えて、本当にきちんと幸せになれる生き方を目指して頑張りたいと思いました。
今はその途中です。
心もからだもとても疲れているけれど、それでも私、諦めないで頑張ってみようと思いました。どうしても見たい絵を見に行くために何にも考えないでバスのチケットをポチってしまったときみたいに、これからも思わずその時、行動してしまったという感じで自分を運び続けていくような気がしています。
アイデアは浮かんで来るのです。
いつだって可能性はいろんな方向に広がる余地はあるのですから。
そうしてその、数限りない可能性の中の一つをその時の自分が行動することで私自身の人生は変わっていきます。
今までの人生から離れたことも一つの選択であって、その結果最終的にどうなるのかは最後までわかりません。
今起こっていることから考えて、私がそこから離れたことは間違いではなかったのだと実感し続けています。私はこれからもう一度、新しいことを始めるのです。自分でもものすごく驚き続けているけれど、もうそうするしかありません。
びっくりの連続の、なんだか不安な人生ですが、それでもです。
そう、本当に思いもしないことの連続が私を前に向かって運んでいきます。それは決していいことばかりではなくて信じられないほどひどいことも含まれています。そのことに対して、私は絶対に許そうとは思いません。だけど怒っても何をしても、どうにもならないのなら、そんなこと放っておいて自分の向かいたいほうに進んでしまうしかありません。
私は夢を叶えるべく頑張るしかなくなってしまいました。
もう二度と、前の自分に戻ろうとは思いません。
だからと言って何もかもが無駄だった訳ではないと思います。
そう考えて私はこれからも前に向かって進んでいこうと思います。
本当に、映画のラストシーンで見たハリスさんの爽やかな様子はほんとに素敵でした。彼女を私は見習って、爽やかな結末に出会える努力を続けていこうと思います。
この私の思いがあんまり理解去れないこともわかっています。
いろんな人の思いが重なり合って、絡まりあって、世の中はできているから、そんなに簡単にいかないこともわかっています。実際、ミセス・ハリスも思い通りにいかないことの連続でした。
ディオールに行った時も、最初から何もかもとんとん拍子に進んだ訳ではありません。私自身もnoteを書いてくる中でいろんなことがあって、何もかもうまくいかないことの連続でした。周りの理解も得られないことのほうが多かったです。だから、ミセス・ハリスの行動力と勇気と人への誠実な思いやりのある行動に心を大きく打たれました。
夢を持ってそれに向かっていくことが人をこんなに強くさせ、ひたむきにさせることに強く感動したのです。
長い間私は、子どものために生きてきました。
その次は母。
自分のことはいつだって後回しにする毎日でした。
だから一人の生活になっても、なかなか自分のペースを作ることができなくて混乱しました。本当に自分でもびっくりするくらい一人になってしまった後でどうしたらいいのかわからなくて呆然としてきました。
今年の初めに『沢山の絵を見に行く』という目標を立てたことでやっと、一人で出かけることができるようになりました。それでも知らない場所で道に迷ったり、電車をうまく乗り継げなくて2,3倍の時間をかけて帰ったり、全然器用に動けなくて呆然とすることの連続でした。
人ともうまく話せなくて落ち込んでばかりいました。
本当に大丈夫なんだろうか?と毎日のように思います。
それでも私、夢を追いかけてみたいんです。
どんな形になるのかなんてわからないけれど、不器用で迷ってばかりいるけれど、それでもです。
ミセス・ハリスのようにはなかなかいかないけれど、私、頑張ってみます。
そう、本当に一つだけ、大切なものに向かっていくことができるように、頑張ります。
こんなに不器用な自分にそんなことができるのか、私自身が一番不安になっているけれど、それでもです。
私って、きっと馬鹿なのかもしれないです。