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#誰かにささげる物語 ありがとう。


 この物語は、私の子どもと子どもの祖父に捧げるためのお話です。

 大変な状況の中でも諦めずに頑張り続けてくれた子どもと、子どもに希望を持たせてくれた子どものおじいさんに対する感謝の気持ちを書きました。

 そして子どもがこれからも自分を大切にして生きていってくれることを心から願う気持ちも込めました。

 子どもには「ありがとう」の思いしかありません。

 表現はまだ拙いけれど精一杯頑張りました。

 どうかよろしくお願いします😊


 『雫(しずく)』

 ポトリ。

 透明な水の雫が一粒、水を張った器の中に落ちた。

 器の中の水の表面に同心円が広がって消えてゆく。

 僕は器を取り上げて、その水をコクコクと飲んだ。

 静かだった。

 冷たい水が乾いた喉を潤わせ、からだの中に沁み込んでゆく。それと同時にじんわりとからだから汗が滲み出して皮膚を湿らせ汚してゆく。
 水で濡らしたタオルで拭いて、タオルを水道の水ですすぐ。

 冷たい水をたっぷりと含んだタオルで拭いたからだはしっとりと濡れ、溜まった熱を空気に放つ。

 僕はタオルを水で濯いで、もう一度からだを拭いた。

 そうして器に水を汲み、コクコクと飲んだ。

 甘い。
 そう思った。

 からだの中に冷たい水が沁み込んで広がってゆくのを感じた。

 そしたらまたからだの内側から、じんわり汗が滲み出してくる。

 キリがない。
 ため息が出た。

 仕方なくまた前とは別のタオルを濡らし丁寧にからだを拭いた。そして、下着も服も取り替えた。

 シャワーを浴びている時間はなかった。
 バスの時間が近づいている。
 このバスを見送ってしまったら、後一時間待たなくてはならない。
 それはどうしても避けたかった。

 僕は新品の靴下と履き慣れたスニーカーを履いて、何日か前から準備していた荷物の入ったリュックを背負い、バス停に向かった。

 暑い日だった。
 汗が止まらなかった。

 リュックの中に使い捨ての汗を拭き取るシートが入っているけれど、ここで使うことはできない。
 最寄駅に着くまでの我慢た。
 そう思いバスを待つ。

 ジリジリと照りつける太陽の光は僕のからだを容赦なく熱くさせ、焦がしてゆく。

 バスに乗ってから20分ほどで最寄駅に着いた。
 早速手洗いに向かい、個室に入ってからだを拭いた。
 爽やかなミントの香りが僕を包んで少しだけ気持ちが晴れた。

 今回は、祖父の墓前に花と線香を手向けるためにだけ、父の郷里に向かう。

 祖父への感謝の気持ちをかたちにするため、感謝の気持ちを忘れないため、そしてなんだか落ち着がない自分の気持ちをおさめるために、そうしようと思った。

 途中いろいろあったけれども、祖父は僕に、生きる力になるような大切なものを伝えて与えてくれた。

 今振り返ってみると、もしもそれがなかったら.僕はどうなっていたのかわからない。

 今まで努力ができたのは、絶対それがあったからだと断言できる。

 目の前の現実に流されてしまって、自分を見失いかけている今の僕がもう一度足元を見つめ直すために、今僕は祖父の墓参りに行こうとしている。

 線香とライターと真っ白な新しいタオルと手向ける花を買うための千円札を入れたポーチは、かなり前から準備してリュックの中に入れてある。

 それにしても暑い。

 駅のホームは風がなくたくさん人がいる。
 自販機に売り切れランプがいくつも並び選べるものが限られていてなんとなく面白くない。

 北に向かって行くのだから涼しくなるはずなのだけど、今はどこも暑いからあまり期待ばできない。



 そして僕は大きな駅の近くで長距離バスに乗った。
 かなり疲れいたので、シートに座って少ししてすぐ眠り込んでしまった。

 ぼんやりと目を覚ました時、自分の降りる駅まで後少しのところまでバスは来ていた。冷房がしっかりと効いているので少しだけ肌寒かった。
 乗り込む時に渡されていた毛布を掛けていなかったら風邪をひいていたかもしれない。

 けれどもうすぐだ。
 もう少しでバスを降りる。

 窓の外の景色が後ろに向かって過ぎてゆくのをぼんやりと眺めながら、僕は駅から祖父の墓のある寺までの道を思い出していた。


 バスを降りてその寺にたどり着いた時、夕方にかなり近い時間になっていた。

 途中で食べたざる蕎麦は、安いのにかなり美味しかったので、少しだけ感動できた。

 蝉の声が降り注いでくる。
 現実感が遠のくような錯覚を覚える。
 静かだった。

 祖父の墓前に花を立て、線香に火を点けた。
 その前に新しいタオルを濡らして墓石を拭いた。 
 艶を取り戻した墓石に僕の影が映る。

 火が点いた線香を立てた後、僕は両手を合わせて目を閉じた。

 蝉の声。
 そして静寂。
 線香の香り。
 風は吹いていない。

 祖父はもういない。
 けれども僕は覚えている。

 彼は過去、確実にいた。
 そうして僕に教えてくれた。

 言葉にはできない大切なもののことを。 

 少し煙たい線香の香りが、暑い午後の祖父の墓前を特別なものにさせていた。


 蝉時雨は続いている。

 僕は手桶と柄杓とゴミを片付けて祖父の墓を後にした。
 背中を祖父がそっと黙って見ているような気がして、一度だけ振り向いてみた。

 そこには誰もいなかった。


            2138文字



 読んでくださってありがとうございます。











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竹原なつ美
ありがとうございます。 嬉しいです。 みなさまにもいいことがたくさんたくさんありますように。