波の音
海風を受けながら人気ない海岸に君と二人で立っていた。
遠くの方で花火が上がっているのが小さく小さく見えていた。
浴衣姿の君の髪につけられた華奢なかんざしの先のガラス玉が、きれいに光っていた。
透明なガラス玉の中に水泡のような空気の玉が無数に入っていて、とてもきれいだった。
逆光になっているので、君の表情はこちらからはよく見えない。
けれども君の澄んだ瞳が僕をまっすぐ見つめているのはよくわかった。
なぜなら、僕も君の目をまっすぐに見つめていたからだった。
二人とも何も言わない。
そうしてしばらく黙ったままで、二人は見つめ合っていた。
言葉なんていらなかった。
「あの、これ」
「え?」
ポケットの中から小さな包みを取り出して、僕は君に渡した。
今日は夏祭りの日だけれど、僕はさっきまで仕事をしていたので、まだ作業着のままだった。
君は包みを受け取ってくれて、それをそっと開いた。
その包みの中にはきれいなブルーのピアス、砂浜で拾い集めた樹脂を使って手作りをした、小さなピアスが入っていた。
「ありがとう。きれい」
君の瞳がピアスを見つめた。
僕は自分がそのピアスになってしまったような不思議な錯覚に陥って、言葉を失ってしまった。
本当は、このピアスをどんなふうに作ったのか、どんな思いを込めて君に渡したのか、そういうことを伝えることで会話をつなぐつもりだったのに、それができなくなってしまった。
どうしよう?
「この色、好きです」
不意に彼女がそう言ってくれたので、言葉を返すことができた。
「よかった」
「ありがとうございます」
そう言って、彼女はピアスを僕も渡した包みに仕舞った。
「よかった」
同じ言葉が口からこぼれる。
本当は、このピアスを君に贈る理由をきちんと話して、僕の手で君にピアスをつけてあげたいと思っていた。
でもできなかった。
彼女はピアスを仕舞った包みを籠付きの巾着型のバックに入れてしまったので、そのブルーの小さなピアスは、僕たちの前から消えてしまった。
打ち上げ花火は海風の向こう側で小さく上がり続けていた、
彼女の瞳がもう一度、僕の方をまっすぐに見た。
僕も彼女を見た。
白地に薄い紫色で僕が名前を知らない花が美しく描かれている大人っぽい浴衣を着て彼女はそこに立っていた。
浴衣の帯はその薄紫色によく似合う美しい青色だった。
髪を柔らかくきれいに結って美しいかんざしを刺していた。
かんざしについた透明なガラス玉の飾りが暗がりの中で光っていた。小さな空気のつぶつぶをいくつもいくつも内包して光を反射させていた。
美しかった。
二人は無言で見つめ合い、波の音、風の音、遠くの花火の小さな音、風に紛れた雑踏のささやかな人並みの音を聞くともなしに聞いていた。
そのままでよかった。
いつまでもこのままでいたい。
僕はそう思った。
だから手を握ることも、触れることも。できなかった。
「帰ろうか?」
しばらくして僕がそう言うと、
「はい」
はっきりとした、けれどもとても小さな声で、彼女はそう言ってうつむいた。
波の音が聞こえる。
海風が二人を包む。
もう一度、僕は彼女に会えるだろうか?
僕は黙って考えた。
遠くの方で花火が上がる。
夜は静かに更けてゆく。