「短編」天獄島内覧ツアー (上)
「サイトの中で見ていただけたと思いますが、この国はね、想像したことがなんでも現実になる国なんですよ。天獄島住居権の当選おめでとうございます」
目を覚ますと、小綺麗なスーツに蝶ネクタイ。縦に長いテンガローハットを浅く被った男が一人立っていた。身長は俺より少し高めでスーツからはひょろりと長い手足が伸びており、どこか品さえ感じる佇まいである。
俺は確か……日本の人口を遥かに超える倍率の中から選ばれて、1人部屋で喜びながらサイトに自分の個人情報を入力しているところ意識が遠くなって、気付いたらここにいたって流れか……。
「いやはや、今回は最近では凄く応募者が多くてですね、悩みましたよ。最終的には神様がクジで決めたんですがね。んで、あなたが選ばれた。申し遅れました。私、14大天使の1人ラギュエルっと申します。調和司るなんていいますが、結局のところ、みんな仲良くしなきゃだめだよぉって言うのがお仕事で、ここの天獄島の管理を神様からお願いされているって感じですね」
「あまり記憶がないんだが、じゃここが天獄島ってところですか?」
「そうですよ。夢みたいでしょ?まぁ現実に存在しないなんて言われてたりもしますが、存在しますよ。改めてここの紹介ですが、ここはね、願えば何でも手に入る所で、お金も土地も恋人もなんだって欲を叶えてくれる。何でも手に入るので……お金って概念はほぼほぼないですがね。その代わりですが、現世……所謂、あなたが今まで住んでた世界には戻ることはできないですがね……クックックッ。しかし、それではこちらが不躾なので、先にこの天獄島内覧ツアーを行い、1日考える時間を与え、天獄島に移住するか放棄するかを選んで頂きます。足早に説明しましたが、ここまでで質問はありますか?」
「んー。急な事で申し訳ないけど、俺はじゃー、もうその天獄島の移住権は獲得しているが、住むかどうかはこれから内覧ツアーを通して決めて欲しいって事だけれど、俺は借金もあるし、恋人に家族もいない。その辺の情報は個人情報を入力する所に記入したはずだけれど、俺は何故内覧ツアーをしなければならないのか?その辺は何故なんだ?」
「それはね……まっ、時々いたんですよ。住み始めてから帰るって我儘言い出した人が。でも、その時はもう、契約書を交わした後なので黙って貰いましたがね……クックックッ……それから神様と話し合って先に内覧ツアーを行いましょってなりまして、失礼……坂木様でしたか?にも同じ様に行って頂きます」
ラギュエルは時々不敵な笑いを発しながら俺にそう説明した。そして「ではでは、参りましょうか?」っと持っているステッキをクルりと回し踵を返すとトコトコと革靴の音を鳴らし歩き出した。俺は立ち上がるとラギュエルの後を追った。
10分ほど、色んな名前も知らない花の間にある道を歩いたところに大きく『天獄島入口』っと書かれた大きな看板が見えて来た。看板は木でできており、テンゴクっと付くには余りにも滑稽で本当にここが皆んなが憧れた場所なのだろうか?っと疑いたくなるほどの作りだった。
「さっ。着きましたね。坂木様は今、この看板を見て余りにも滑稽だと思われたでしょ?しかしね、これはわざとで、まずは、この国の市民権である何でも思いのままになる能力を坂木様にも体験してほしくて滑稽な物にしているのですよ」
「よく意味がわからないのですが?」
「これは、説明が下手で申し訳ない。まぁ百聞は一見にしかずじゃないですが、今、坂木様がこの看板がどんなデザインになって欲しいかを願ってみてください」
ラギュエルの言っている事はよく分からなかったが、俺は目を閉じ今、金が欲しいので、大きい金の看板を想像した。
「これは素晴らしい。目を開けてみてください」
俺は目を開けると、我を疑った。そこにはさっきまで木で出来た滑稽な看板があったはずだが、目の前には俺が頭の中で想像した金の看板が建て掛かっているではないか。
「うん。このキラキラした看板は最近来た方の中では、上位に入る出来ですよ。素晴らしい。しかし……テンゴクの字は天国ではなく天獄ですね」っと、ステッキで空中に書くと、トントンっと俺が想像した金の建て看板をステッキで叩いた。すると、天国っ言う文字が天獄に変わり「これでよし」っと看板のあった場所を過ぎ歩き始めた。
金の看板を超えた辺りから、小さくポップな音楽が聞こえだした。
「今日も皆さん賑やかですね。坂木様。皆さんに会っても緊張しないでくださいよ」
「大丈夫ですよ。人見知りはあまりしない方なので」
「それは良かった。では、一握りの人が掴んだ幸せな暮らしをとくとご覧あれ」
その後、ズンズンっとポップな音楽と共にドレス姿の若い女性にタキシードを姿の若い男性が踊っておりその周りを小さな子供達が鬼ごっこをしている。建物は大きなお城が沢山あり、テーブルにはご馳走と高そうな酒にと贅沢の至高がそこにはあった。
「ここが天獄島の一丁目っというところでしょうか?まぁ、始まりの場所的な所です。どうです?皆さん楽しそうでしょ?」
「凄く楽しそうだ。こんな贅沢そうな生活はした事がない。俺は本当にここの住人になれるのか?」
「勿論坂木様が契約してくれればなれますよ。クックックッ」
思わず俺は駆け出し、街の中を歩き回った。道を中央にして両端には白いお城。人々はワヤワヤっとご近所で話したり、踊ったり幸せそうな光景。
すると、そこに1人の小綺麗な男の子が俺に駆け寄ってきて「お兄ちゃん鬼ごっこしようよ」っと誘って来た。
「こらこら坂木様は今日はお客様だから、もし、ここに住んでくれるってなったらその時にまた誘うんだよ」っとラギュエルが割って入り、その男の子は「そっか。分かった」った太陽な笑顔を俺に見せると、鬼から逃げる様に俺の前から去って行った。
「本当に子供は可愛いですね。元気いっぱいです」
ラギュエルはそう言うと、「さっ。次にいきましょうか?」っと歩き始めた。
街を抜けるとラギュエルは「お食事にしましょうか?」っとステッキでシュルリっと高そうなテーブルセットと椅子、花瓶に添えらた花をチョコんと用意した。
「坂木様。食べたいものを想像して出してご覧なさい」
俺は言われた通りに熱々のカツ丼に辛口のカレー、揚げたての唐揚げとキンキンに冷えたビールを想像した。すると目の前のテーブルには俺が想像した食事が出てきた。俺は自分が魔法使いになった様な気になり食事にガッついた。
「ラギュエル凄いな。この国は一発で気に入ったよ。もう、契約だ。契約。すぐに契約したい」
俺はキンキンに冷えたビールを飲み干しラギュエルに言った。
「そう言って頂けて嬉しいですよ。しかし、まだ内覧ツアーは始まったばかりで、神様からは内覧ツアーが終わって1日考えた後にっと仰せつかっているので、まぁ慌てないでください。権利は坂木様から逃げたりしませんので。……クックックッ……お食事が済みましたら次に行きますよ」っと胸元から白いナプキンを取ると口元を拭いた。
続く
-tano-