育みたいのは、“グローカル”に活躍できる人。2025年春、熊野古道で「うつほの杜学園」開校に向けて
世界遺産の熊野古道がある、和歌山県田辺市。そんな自然や歴史、文化が豊かな地で、2025年4月の小学校開校に向けて準備を進めている団体があります。岩や木などにできた空洞や、万事が始まるはじめの空間という意味がある「うつほ」から名付けられた、うつほの杜学園。
一条校設立に向け奔走しているのは、うつほの杜設立準備会で代表理事を務める仙石恭子さん。どんな思いで、設立に向けた準備を進めてこられたのでしょうか。話を聞きました。
子どもを通わせたい学校がない、で発見した自分の使命
—— はじめに、学校を立ち上げようと思った経緯を教えてください。
ひとつはイタリアでの経験です。学生時代にフィレンツェに留学したり、20代後半にミラノのデザイン系プレススタジオで働いたりと、かれこれ20年以上イタリアと関わっています。
今はワインの輸入の仕事をしていて、職業柄、イタリアの北から南まで小さな村へワインを買い付けに行くのですが、その中でハッとすることが多いんです。自分の村に強いアイデンティティを持っていて、ワインの紹介をする前にまず村の紹介をしてくれる。どの村でも、自分たちが生まれ育った場所の風土や価値を、若者もしっかり理解しているんですよね。
「この村のためにワインをつくって、世界中に売っている」と話してくれる彼らは、身近な地域へのローカルな視座を持ちながら、世界へのグローバルな視座も持っている。こういった「グローカル」な視点を日本でも広げられないかとずっと考えてきました。そして、イタリアに行くたびに自分の故郷へ貢献したいという気持ちが強まっていました。
他にも、大学でSFCに進学したとき、「こんな学び方があったのか」「どうしてこういう教育を、もっと小さな頃から受けられなかったんだろう」と、大きな衝撃を受けました。地元の和歌山にはこんな学びはなかったので、この教育選択格差をいずれなんとかしたいと思うようになったんです。
イタリアと大学で感じた点と点が学校設立という線につながったのは、コロナ禍の2020年に始まったリモートワーク生活でした。東京から地元の和歌山に帰って改めて自分のやるべき道を考えたものの、地元には当時2歳だった息子に通わせたい学校がないから帰れないと思ったのが2020年8月でした。「これだ、理想の学校がないと思うなら、自分でつくろう」と決心し、自分の使命が定まった瞬間でしたね。
行政・地域住民を巻き込みながら、一条校の設立を目指す
—— 教育とは異業種からのチャレンジですね。まずはオルタナティブスクールから始める選択肢もあったと思いますが、最初から一条校を目指されたのですね。
東京や大阪など大都市ではすでに私立学校が多く、今から新設で一条校をつくるのはかなり難しいのですが、地方だと一条校をつくれる可能性はあるなと思いました。和歌山では、まだまだオルタナティブスクールやフリースクールへの理解度が高いわけではないという背景もあり、学校法人を目指すことにしました。一条校ですと、私学助成など国からの補助もあり、家庭の費用負担が減らせるという点もあります。また、正式に国に認められた学校にすることでその後より大きなインパクトが起こせると考えました。
—— 2025年4月の開校を目指しているとのことですが、学校設立のためにどのように動いていったのですか?
最初の半年間で、「どうして学校をつくりたいか」「どういう学校をつくりたいか」をひたすら自問自答し、学校設立の軸をしっかりつくっていきましたね。2021年2月からは「みんなで創ろう、みんなの教育。」と発信して、学校設立プロジェクトを始めました。コロナ禍の中でオンラインイベントを開催すると、私と同じように子育てをしている保護者を中心に40名以上集まってくれました。
私たちは、教育業界での経験も学校をつくる場所もお金もなかった。何もないところから始めたので、廃校を活用しようと決めました。最初はずっと和歌山県内の廃校と、私たちの構想に協力してくれる自治体を探していましたね。
自治体をあちこち訪ねましたが、話すら聞いてもらえない自治体もありました。「みなさんにはお金も経験もない。構想だけでは行政として応援できない」と言われたことも。6つ目にしてようやく辿り着いたのが和歌山県田辺市だったんです。学校のイメージ像や学校設立によって教育移住で人口が増えること、そして「ただ純粋に和歌山をよりよくしたい」という思いを伝えました。
すると、真砂市長が「そんな学校ができたら最高ですね。廃校があるので、見てきてください」とあたたかく迎えてくれたんです。紹介してもらった廃校は、世界遺産の熊野古道、世界中から古道を歩く人々が集まる中辺路町にあり、素晴らしい自然や歴史、文化があって既にグローカルな人がたくさん住んでいるエリアでした。「まさに自分のやりたいことができる場所だ」と思いましたね。
—— 仙石さんの思いが伝わったんですね。
2022年11月には、地元住民説明会を開催し、学校構想についてプレゼンテーションをしました。12月には、うつほの杜学園を廃校に誘致してほしいという要望書が、地元にある10区の区長の署名と共に市長に提出されたんです。地元の市議会議員さんがうつほの杜学園にすごく共感してくださって、「まちの最後のチャンスだ」と地域のみなさんを説得してくださって。
地域のみなさんが声を上げてくださったことで、2023年5月16日には田辺市と学校の近くで暮らす地域のみなさん、私たちで3者協定を締結することができました。
やるしかないと、学校設立のために3億7千万億円のご寄付を募る
—— どんな体制で設立準備を進めてきたのですか?
東洋大学国際学部教授の市川顕先生が、大学教授と兼任でうつほの杜学園の校長に就任する予定です。ヨーロッパの国際政治が専門の方で、グローカルの文脈で意気投合して、このプロジェクトに賛同いただいた経緯があります。
また、和歌山で教育とICTの分野で起業している小佐田裕美さんには、理事兼ウェルビーイングスクール・ディレクターの役割を担っていただく予定です。学校に選択理論心理学を取り入れるチャレンジをしていきます。
そして、日本の教育改革を牽引してきた、元かえつ有明中・高等学校校長の石川一郎先生には、理事兼スクール・アドバイザーになっていただく予定です。探究型の学びを日本全国に広めてこられた先生です。
私自身は学園長に就任予定で、国際バカロレア教員の国際資格を取得しています。うつほの杜学園では、IB国際バカロレアをベースに学びを進めていく計画で、その道の先生も既に採用が決まっています。他にも県内外、また海外からも同じ想いと様々な経験を持った教・職員が集まり、2025年に学校のスタートを切るための最高のチームが揃いました。
—— 資金調達も、かなりの額を集めておられましたね。
全体で3億7千万億円を設立準備金として集めることを目指していました。3者協定を経て企業版・個人版ふるさと納税の仕組みを活用したり、公益財団法人わかやま地元力応援基金とも協力して、税金控除を受けられる仕組みをつくっています。こうした体制を整えて、地元の和歌山をはじめ、大阪や東京の企業さん1社1社に声をかけて、寄付をお願いしにいきました。
広くうつほの杜学園について知ってもらうために、クラウドファンディングにも挑戦しました。正直なところ苦しかったですが、591名の支援者から2000万以上の資金を集めることができました。
最終的には51社と681人より、寄付という形での支持が集まりました。とにかくやると決めたので、やるしかないなと思って、ここまで来ましたね。
世界遺産の熊野古道がある地で、探究型グローカルスクールを
—— どんな学校をつくろうとしているか、改めて教えてください。
うつほの杜学園は、地域や世界、自然と繋がりながら学んでいくことをコンセプトにした、探究型グローカルスクールです。前提としている考え方は、ウェルビーイングとサステナブル。子どもたちだけではなく、先生や家族をはじめとした学びに関わるすべての人たちが、心身ともに満たされたウェルビーイングな状態であること。そして、日本古来の共生や循環の考え方、和のこころをベースにしたサステナブルな学校づくりを大切にしていきます。また、国内外の教育機関や企業、地域の産業ともつながり教育を共創していくことにも挑戦します。
理念は、グローバル社会で幸せに生きる力をすべての子どもたちへ届けること。自らの力で未来を拓くグローカルリーダーを育てていきたいです。そのために私たちが育んでいきたいと思っている力が、世の中の多様性や複雑性を理解し、地球や自然や社会と繋がって助け合う「関係力」、好きなことや遊び、もやもやから問いを見つけ出して深く考え学び続ける「探究力」、志と問いを持ち、社会に働きかけて物事を形にしていく「創造力」です。
この3つの力を育むために、4つの学びを大切にしていきます。ひとつは「探究プロジェクト」。教科を横断して、ある問いについて探究や実践、振り返りを繰り返し、プロジェクトを進めます。フィールドワークを行いながら、最後にはプレゼンテーションをする、課題解決型の授業ですね。
次に「バイリンガル教育」です。多様な価値観や世界を理解するためには、多言語での学びが必要だと考えています。日本語での学びを基礎としながら、英語力を高めていくことも重視し、体育や美術など、英語以外の授業も一部英語で進める予定です。
また「うつほの食学」も大切にしていきます。実は、和歌山県には日本食のルーツがたくさんあって、醤油や梅干し、鰹節の発祥の地。私は長年仕事で食に関わってきましたが、食を通じた先に世界平和があると考えているんです。反対に、食がきっかけで人間は戦争までするわけですよね。そういったところから、うつほの杜学園では食を非常に重視しています。地域性を活かした栽培や調理実習といった「食」の授業を行う予定です。
さらに「きのくに体験学習」も大切にしていきます。熊野古道や高尾山といった和歌山ならではの場での体験学習をたくさん行っていきたいです。野外の体験学習は、子どもたちの人生の中で大切な宝物になると考えています。
—— 学校設立を目指す田辺市はどんな場所なのですか?
田辺市には、世界遺産に登録されてから20年を迎える熊野古道があります。JR紀伊田辺駅からは35分、車で40分ほどの場所に白浜空港があり、都内からも飛行機でアクセスしやすい場所です。白浜町では、IT企業など20社以上がサテライトオフィスを構えていて、「教育移住した家族の保護者を雇用したい」と言ってくれているところも。安心して移住してもらえるように、今後はそうした仕事や住む場所の紹介もしていく予定です。
和歌山を、世界につながる学びの聖地へ
—— 思い立ってから約3年半でここまで具体化されて、本当にすごいなと感じます。開校まであと1年、入学者の募集などはどのように行っていく予定ですか?
去年のサマースクールには、親子で70名の参加がありました。関西や関東など日本各地からはもちろん、ノルウェーやシンガポールに住んでいるご家族も来てくださって。今年の5月にはオープンキャンパス、8月と9月には毎週サタデースクールを開催予定です。
移住して入学される家庭が多いと思いますので、学校説明会と移住説明会を一緒にやっていきます。今年の夏からは地元の地域おこし協力隊とも協力して、教育移住をサポートしていく体制を準備しています。街中にもスクールバスを出しますが、せっかくなので田舎ならではの暮らしをしてみたい方に、空き家探しもお手伝いしていきます。
田辺市は急速に少子化が進んでいるので、こうしてファミリー世帯がやってきてくれることは、市としても喜んでくださっています。移住するのはちょっと難しいというご家庭でも、1カ月だけ小学校留学にくるような仕組みもつくっていきたいと思っています。
—— まちに新しい学校ができることで、移住者や交流人口が増えるのは、地域にとっても嬉しいことですよね。新しい教育を行う学校を地方でつくるという流れは、これから増えていくのかもしれません。
学校をつくる上では様々なルールがありますが、働きかけることで変えていけます。学校法人をつくる上では、県ごとにルールが定められています。和歌山県では土地を所有していない場合は高額の資金が必要なのですが、県知事と協議し、市町村が学校設置を要望している等の場合、開設年の経常的経費に相当する額を持っていれば開校できるという和歌山県の新たな規準を設置していただくことが叶い、とても助かりました。
—— 国内でそうした事例ができることは、これから別の地域で学校を立ち上げたい人にとっても、助けになると思います。最後に、これからの展望を教えてください。
私たちはうつほの杜学園がきっかけで、熊野古道のエリアを世界につながる学びの聖地にしていきたいと考えています。だからこそ、海外とつながっていくことや世代を超えた人たちと学び合っていくことを大切にしたい。イタリアで食とサステナブルをコンセプトに、公立学校に学びを提供しているNGOとも連携して、短期交換留学や共同授業も計画しています。
そして、ここでやることをより多くの子どもたちに届けていきたいという思いがあります。探究学習やバイリンガル教育にチャレンジしている姿を公教育の関係者にも見ていただいて、公立で採用できる部分を取り入れてもらうような動きにつながれば嬉しいです。将来的には、1校で終わりではなく、例えば公設民営型で姉妹校などがつくれたら面白いですね。
また、学費は地元のご家庭には少し負担かもしれないので、地元出身の子どもたちへの奨学金をつくっていくことも検討しています。都市部の子どもたちの教育移住先としてだけでなく、まずは地域の子どもたちの新しい選択肢の1つにもなると嬉しいです。ひとりでも多くの子どもたちに、うつほの杜学園の教育を届けていきたいですね。
—— ありがとうございました!仙石さんのように立ち上がる方が各地に増えたら、日本の教育が変わりそうです。
(取材・編集:田村真菜、文:田中美奈、写真:本人提供/田村真菜)
うつほの杜学園公式サイト
https://utsuho-academy.com/