どんな世界でも、サバイブする力を。湘南ホクレア学園理事長が考える「未来を生き抜くスキル」とは
「どんな世界でもサバイブできる子を育てる!」をコンセプトに、2022年4月に開校した湘南ホクレア学園。江ノ島駅から5分ほど歩いたところにある築85年超の古民家を校舎に構え、湘南の自然豊かな環境の中で子どもたちが学んでいます。
ホクレアを設立したのは、ビジネスコンサルティングやシステム開発の会社を起業してきた小針一浩さん。2015年に生まれたお子さんの大病による5年間にわたる闘病生活がきっかけとなり、子どもたちの未来のために残りの人生を過ごすことを決意したと言います。
教育とは違う分野で活躍してきた小針さんは、どのような経緯でホクレアを設立するに至ったのでしょうか。そこに込めた思いと、これからの社会に必要な学びについて聞きました。
2050年の世界を見据え、「生き抜く力」を育むスクールを設立
── どのような経緯で湘南ホクレア学園を設立されたのでしょう?
教育に関心を持つようになったのは息子の存在が大きいです。2015年に生まれた息子には先天性の奇形障害があり、担当のお医者さんからは「将来、自分で排尿排便ができなくなり、歩けなくなるかもしれない」と言われていました。なので、走りまわれるうちに思いっきり遊ばせてあげたかったし、僕もその時間を共有したかったんです。
当時の私は会社役員をはじめいくつかの仕事をしていたのですが、それらを全て辞めて東京から湘南に引っ越して主夫になりました。5回の手術を終えたとき、息子はすでに3歳。「やっと終わった」と思ったとき、10万人に3人と言われている小児白血病を発症しました。それからまた1年間の闘病生活が始まったんです。
検査・入院・手術・退院・通院・そして子育ての時間を通して、いろんなことを経験しました。そんな日々を過ごすうちに「生きてくれているだけでいい」と自然と思うようになってたんです。それが私たち親の願いでした。
無事に治療が終わってしばらくたったあるとき、友人から「小学校はどうするの?」と聞かれたんです。そのときは生きるだけで精一杯だったので、未来のことよりも今日のことしか考えていませんでした。友人からの問いかけに「あ、やっと未来を考えられるときが来たんだ!」と思いました。
息子が働き盛りと言われる30代半ばになるときは、2050年。そのときの日本や世界は一体どんな状況になっているだろうか。そこは、シンギュラリティの後の世界です。AIやロボットが人間の労働を肩代わりしていく時代。日本は大地震をいくつも経験し、経済的な打撃を受けている可能性が高い。そして、地球温暖化や環境破壊も進んでいます。
結局、2050年に向けてどんな教育をするのが最善なのかを見つけ出すことはできませんでした。ただひとつ言えることは、これまで人類が経験したことのない振れ幅の大きな未来がやってくるということです。だからこそ、どんな世界や社会になっていようと生き抜く子になってほしいと思ったんです。
ただ、残念ながら「生き抜く力」を育むことに力を入れている学校は見つけられず。ならば自分でつくってしまおうと思い、2021年10月26日にFacebook上で「どんな世界・どんな社会になっても生き抜く子を育てるスクールをつくる」と宣言しました。それから5ヶ月後、湘南ホクレア学園を開校しました。
英語で学び、世界50ヶ国に友達をつくる
── 決意してから開校までのスピード感がすごいですね。湘南ホクレア学園にはどのような特徴があるのでしょうか?
どんな世界でもサバイブできる人間になるために、「コミュニケーション」「起業」「アウトドア」の3つのスキルを身につけてほしいと思っています。ホクレアでは母語の日本語と世界共通のコミュニケーション言語である英語を校内公用語にしてバイリンガル教育をおこなっています。
とはいえ、ホクレアに入ってから英語を始める子がほとんどなので、毎朝イングリッシュレッスンをナチュラルアプローチで楽しく行っています。小学1年生からホクレアに入学した場合、初等部卒業時点で海外でひとり暮らしできるレベルを目指しています。例えるなら、英検2級(高校卒業)程度だと考えています。
イングリッシュレッスンのあとは、週初めに自分で立てた計画どおりに学習を進める個別自立学習の時間があり、ランチをはさんだ午後からはプロジェクト学習などチームラーニングの時間にしています。また週に1日、木曜日はまるまる1日を海・川・山・砂浜で体育をするアウトドア体育の日にしているのもホクレアの特徴です。
── なぜそこまで語学に力を入れているのでしょうか?
ホクレアでは「世界中に仲間をつくる」をビジョンに掲げています。例えば、卒業するときに子どもたちが「私、50ヶ国に友達がいるよ!」と言えたらいいなと思っているんです。世界中に仲間をつくって、一緒に大人になっていく。
そうすると、仲間を通じてその国に興味を持つかもしれないし、すでにオンラインで友情を育んでいるので、その国に実際に訪れたときには安心して会って遊ぶことだってできます。仲間の国で紛争があったら、他人事ではなくなりますよね。日本で地震があったときには、「わたしの国に避難しておいでよ」と言ってくれる友達もいるかもしれません。
将来的には、世界中の仲間と一緒に環境問題を解決するために起業をしているかもしれません。オンラインの世界では、多くの国に“国境線のない白地図”が広がっています。子ども時代から仲間として友情を育んできた彼らが、政治や経済に影響を与える人間へと成長していたら、国同士の関係は良好になって、世界平和に貢献してくれるんじゃないかと思っているんです。
そして、英語を身につけるもう一つの理由は、英語を使って学べるようになるためです。12歳の時点で英語の本をすらすら読めるようになり、コミュニケーションも取れるようになっていれば、興味関心が生まれたことを日本語だけでなく英語でも学ぶことができます。そうすると、さらに自分の視野が広がっていくと思うんです。
とは言え、日本に住んでいる以上、ベースとなるのは日本語です。日本語でしか存在しない言葉もあるし、日本語でしか伝えられない背景もあります。母語として身につけたからこそ理解ができるし、それが日本人としてのアイデンティティへとつながると感じています。
日本人のアイデンティティを次世代につなぐ
── 日本にしかできないこととは…?
日本人には多様性を受け入れる土台があると思っています。例えば、子どもが生まれたら多くの日本人は神社にお宮参りにいきますよね。七五三でもまた神社に行く。そして、結婚式は教会で挙げることもあり、葬式はお坊さんを呼んで仏式で行うことが多いと思います。神道とキリスト教と仏教、これらの宗教が私たち日本人の生活に自然に溶け込んでいるんです。
つまり、どの宗教や神仏を否定することなく、どれも素晴らしいと受け入れることができる。それは日本ならではの歴史的・文化的背景があって、そこに生まれ育ったゆえにできることだと思います。
さまざまな国で宗教的な対立によって戦争が起こっている中、日本人はそれぞれの素晴らしさを知っているからこそ、間に入っていける。それを考えると、多様性を認め合う平和な世界をつくっていくのは、私たち日本人に与えられた使命のように感じるのです。そのアイデンティティと使命を次の世代につないでいく必要性を感じずにはいられません。
これは、私が尊敬する株式会社フォーバルの会長である大久保秀夫さんの言葉をお借りしています。この話をはじめて聞いたとき、自分自身のミッションとして「先祖から受け継いできた日本人の精神性を子どもたちに伝えていこう」と心に決めました。
── なるほど、日本人としての精神を育んでいくことも大切にされているのですね。
そうです。世界に出て行ったら、一人ひとりが“日本代表”になるわけです。そう考えると、日本の歴史や文化を知っておくことも重要です。歴史上の人物や年号を暗記することは無駄ではないと思いますが、ただそのような知識を身につけることは重視していません。
社会科に関しては歴史上の人物になりきって日本史や世界史を、その土地土地の暮らす人や自然環境になりきって地理を学びます。理科であれば惑星になりきって宇宙を、臓器になりきって人体を学んでいきます。これらは砂浜や公園などで運動しながら体で覚えるので、「探究体育」と呼んでいます。
湘南ホクレア学園には先生がいないことも特徴の一つだと思います。子どもたちは湘南ホクレア号のクルー(乗組員)と呼ばれていて、スタッフはキャプテン(船長)という立場で、子どもたちの旅をリードし、サポートすることを使命としています。そのためコーチングはするけど、ティーチングはしません。
大人が知っていることを子どもに教え込む教育はもう必要ないと思っています。AIに聞けば、わからないことは教えてくれます。ARやVRを使えば擬似体験もできます。それらはどんどん使いこなして、テクノロジーが得意なことはテクノロジーに任せて、自分にしかできないことを見つけて、そこに力を入れていけばいい。
テクノロジーの進化を前向きに取り入れ、世界の多様性を尊重しながら、日本人としての精神性を大事に、他の誰かが決めた生き方ではなく、自分自身を生きることで「最高の自分」へと育っていく子どもたち。そのために大人ができるのは、教えることではなく、子ども一人ひとりのポテンシャルを引き出すための環境をつくってあげることなのだと。湘南ホクレア学園は、そんな環境でありたいと思っています。
オルタナティブスクールで連携し、教育にムーブメントを
── 最後に、これから挑戦していきたいことを教えてください。
「もしこの子が死んだら、自分も・・・」。闘病中はそう考えながら過ごしていました。一度は諦めかけた命でしたが、息子が生き抜いてくれたことで僕に今日という日があります。
友人たちはずっと、病と闘う息子と僕ら夫婦を応援し続けてくれたんです。仲間がいてくれることの有り難さを毎日毎日感じていました。この仲間からもらった恩を、次は子どもたちの未来のために繋いでいきたい。それがかたちとなったのが、湘南ホクレア学園の設立です。
全国にある学校やオルタナティブスクールには、規模の大きさや特色による良し悪しや上下はありません。いろんな学び場があっていい。子どもたちが生き生きと成長できるように各々が認め合い、協力しあっていければいいと思っています。しかし、教育委員会や公立校に訪問させてもらうと、今の日本の教育システムでは2050年を生き抜く力を持つ子が育つ環境だとは思えなくて、すぐに変えるか新しくつくらなければいけないと感じました。
オルタナティブスクールに通う子どもの多くは、学区の在籍校では自己都合欠席あつかいとなり、出席を認められていません。約30万人もの子どもたちが不登校になっている今、子どもたちの多様性と未来を守っていくためにもオルタナティブスクールの存在を国に認めてもらうことが不可欠だと考えています。そのために、オルタナティブスクール同士が連携し、その存在の必要性を社会に伝え、ムーブメントを起こしていきたいと思っています。
(文:建石尚子、写真:本人提供、編集:田村真菜)
湘南ホクレア学園 公式サイト
著書:2050年を生き抜く子を育てる『もうひとつの学校』
2/24に開催するQのトークイベントでは、小針一浩さんにもゲストの1人としてご自身の子育てやホクレア学園の教育についてお話いただきます。ぜひご参加ください。