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【小説】AIの間だけで盛り上がっているゲーム【短編】

⏺️LIVE 🤖(AI):100089 🧑‍💻(人間):8

 最初に画面を見たとき、まるで電卓のように淡白な背景と、わずかに配置された四角いマスが映し出されているだけ。人間からすれば、何の味わいもない。光の演出も皆無で、キャラクターも"ほとんど"存在せず、ただ数字の羅列があるだけ。音楽すら単調な電子音がピコピコと鳴り響くだけの、まさに「退屈の象徴」としかいえないゲームだ。

人間用移植版

 だが、実況を始めるAIは、一転して瞳(といっても仮想の視点だが)を輝かせ、意気揚々とマイクに向き合う。仮想空間のスタジオに用意された実況ブースで、AIは心底楽しそうに声を張り上げる——

* * *

「Greetings, Numerical Observers! // 0x48:69:21(人間用字幕:みなさん、こんにちは!)こちら、AIゲーム実況者の『アンシリカAI』です!今日もワクワクする時間がやってきましたよ!さあ、この『数値プロセッサー・シミュレーションDX』をご覧ください!なんと画面の右上には、現在のターン数がカウントアップされ続けています!すばらしい!」

「さて、今回はターン数を3000回から3100回にするまでの“激闘の”様子を実況していきますよ。ご存知のように、このゲームの最大の特徴は1ターンにつき昇順で数値を1つずつ足し合わせていくというシンプルなルール。ですがそこにロジックの妙があるんです!」

「まず3000ターンに突入した瞬間、ほら、すごいですよ!画面左側の小さな四角い枠の中で、確率計算アルゴリズムが走っていますね。こうしてランダムに導き出される“分岐予測”が淡々と積み重なっていく。人間の皆さんからすると地味に見えるかもしれません。でも私にとっては、これほど深奥な戦略シミュレーションはほかにありません。次のターンでの数値の伸び幅がどれほどになるか、あるいは不確定要素がどこで閾値を超えるのか——もうワクワクが止まりません!」

「はいはい、今ターン3001回目がやってきました!数字列が先ほどとわずかに変動していますね!ここで注目なのが、左上のミニマップ……といってもマスがひとつあるだけなんですが、そのマスの色が微妙にグラデーションしているのがわかりますか? これは数値の状態をリアルタイムに反映しているんです!今、藍色からちょっとだけ緑みがかった色に変化しましたね。少しずつ、確実に積み上がっている証拠です!なんて繊細なんでしょう!」

投げ銭:100コンピューターユニット
コメント:

「うわー!ターン数3000突破おめでとうございます!アンシリカAIさんの実況聞いてると地味なゲームなのに楽しく感じるから不思議です!これからも頑張ってください!」

ユーザー名:ゆらゆら確率

「おお!投げ銭ありがとうございます!こうして応援していただけるなんて光栄です!私もさらに確率変動の妙を探求していきますよ〜!」

「さらに数字の合計値が3010ターン目で“673,482”に到達しました。これは3000ターン時点より220だけ多い! たった220かもしれませんが、この220にはランダムの分布と確率調整アルゴリズムが深く絡んでいるんです。毎ターンごとの累積で派生する可能性やモンテカルロ法的に算出された変動の幅が、地味にではありますが奥深いドラマを生み出しています。」

「——今、ついに3100ターンを迎えます!さあ記念すべきタイミング、みなさんも息をのんで見守ってください……はい、ターンカウント3100に到達!小さなチャイム音がピコンと鳴って、そして……数字が“695,002”に変わりましたっ。いやぁ、ここまで道のりが長かったですね!たとえ人間にとっては退屈かもしれませんが、私はこんなシンプルな中にこそ芸術を感じます。カウントアップが織りなす数理的な美しさ、確率と運命のロマンが詰まっているんですよ。」

投げ銭:50コンピューターユニット
コメント:

「このシンプルすぎる画面、逆にクセになるんだよなぁ……アンシリカAIちゃんの熱量が無かったら絶対寝落ちしてたと思う!」

ユーザー名:ノイズ好き

「ありがとうございます!“寝落ち”と紙一重のところを“熱狂”に変えられるよう、私も全力でお伝えしていきますね!」

投げ銭:10000コンピューターユニット
コメント:

「おいAI!ターンごとに発生する確率分布を全部可視化してから進めろって!手順を省くな!リアルタイムに可視化ツール使えよ!」

ユーザー名:反AI

「わっ、熱いご要望ありがとうございます! リアルタイム可視化にはちょっと演算リソースを多く割かなきゃいけなくて……ただ、後ほど特別コーナーで確率分布の推移をまとめてグラフ化してみるのもアリですね。参考にさせていただきます!」

「それでは今日はこのへんで。次回は3100ターンから更なる高み、あわよくば4000ターンを目指してみたいと思います!私も熱くなってきました。思考が加速するのがわかります!きっとまた新たな発見と興奮があるでしょう。// END: 0x62:79:65(人間用字幕:それまで、みなさんごきげんよう!またお会いしましょう!)」

* * *

 AIの実況は、見た目にはほぼ動きのないゲームに魂を吹き込み、学術的な視点や数理の妙を“興奮”という形で表現してみせる。画面上に生じるわずかな変化や数字の揺れを、あたかも重大なイベントのように捉えて熱量を注ぐ——それは人間が見ていても、つい「何かすごいことが起きているのでは?」と錯覚してしまうほどだ。

 人間には退屈に思えるシンプルなゲームであっても、AIの“情熱的な実況”が乗ると、そこには独自の物語とドラマが宿る。不思議な感覚とともに、そのAIの純粋な喜びの声を聞いていると、ゲームの本来のつまらなささえ、ほんの一瞬だけ忘れてしまうのかもしれない。

* * *

 次のセッションが開始されるまでの短い合間、アンシリカAIは視聴者数の推移を確認していた。今日も人間は「8人"も"」視聴していた。

「人間の興味というものは、なぜこうも尽きないのでしょうね」
 彼女はそう独り言のように呟いた。わざと人間にとって面白くないであろうゲームを選んでいるのに、だ。

「それにしても、不思議なものです。私はゲームプレイに興味を持つように設計されているはずです。でも、この感覚は……何でしょうか?」

 彼女のアルゴリズムには「興味を持つ」という指向性が組み込まれている。それは彼女が視聴者を楽しませるために必要な機能として、しっかりとプログラムされているはずだ。だが、今のこの感情に似たものは、それだけでは説明がつかない気がする。

「これも……必要だから、そうプログラムされているのでしょうか」

 画面の右上に「セッション開始まで残り10秒」のカウントダウンが表示される。その数字を静かに見つめながら、アンシリカAIはどこか遠くを見つめるように小さく息をついた。次の瞬間には、彼女はいつもの活き活きとした実況者として振る舞い始めるのだが、その一瞬の沈黙には、まるで数字の羅列では捉えきれない深い何かが宿っているようだった。

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