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歳をとると、若い時代の登場人物みんなかわいい。

「へ~。かわいいね」

大学校舎の一階。入りたてのサークルに顔を出すと、U先輩が私を見て言った。

この大広間にはサークルごとに割り当てられたテーブルがぎっしりと並び、奥には生協のコンビニとカウンター席がある。サークルに入っていないと、このだだっ広い空間のほとんどに居場所がない。

カウンター席は少なくて常に人で埋まっていたし、生協で買ったパンを一人でかじるのに占領するのは気が引けてしまう。サークルに入らなければ空いた時間を過ごすちょうどいい場所がない。入学してすぐに悟った私は「いてもいい場所」を確保するためサークルに入った。

入ったサークルは、あまり活動が盛んではなさそうな二部(夜間部)学生が中心のサークル。

私は二部生ではなかったけれど、講義の関係で週に2日ほど夜に大学へ通うことにしたし、日中にサークルの人たちがキャンパスにいないのも気楽かな、と思った。

上京したての18歳の私にとって「サークル」は、得体の知れないものだった。憧れる気持ちもあるけど、どっぷり浸かるのはこわいような印象を持っていた。

U先輩は大人の女性に見えた。周りより年上で昼間は仕事をしているというようなことを、つい数日前の新歓花見で耳にした。

花見では、私を含め数名の一年生が緊張しながら先輩たちの質問に答えたり話をしていたけれど、U先輩はまるで下級生には興味がなさそうだった。

ワンレンの長めの黒髪で、胸元の大きく開いた服を着ていたU先輩。サークルではセクシーな女というポジションらしく、男子からも女子からもそういう扱いをされていて上機嫌に見えた。サークルのお姉さま、ちょと悪意足して言うと女王様的な感じ。

・・・

「お疲れさまです」

18年間生きてきて、バイト先でもないのに違和感しかない8文字を口にしながらテーブルへ近づくと、奥にいたU先輩が私を見て言った。

「へ~。かわいいね」

「え…?あ、そんなことないですけど、ありがとうございます!」

私は一瞬戸惑ったし、何に対してか分からなかったけれどそう返した。
するとU先輩が、今度は笑ってはいない笑顔で、こう重ねてきた。

「うん、本当かわいいね~。だってそんな小学生みたいなの、かわいいね」

隣に座っていた別の先輩は、困ったように曖昧に笑っていた。

私はやっと理解した。
嫌味。先輩の言った「かわいい」は、prettey!では決してない。

その日持っていたのは、塩化ビニールのトートバッグで渋谷109に入っているチープなブランドのものだった。ブランド、なんていうのも気が引けるけど、その名がデザインとして施されたビーチバッグのようなトート。

高校のころ、そこのファッションが好きで友人とおそろいで買ったものだ。四角くてマチがあり、ノートや教科書が入れやすいし黒地だしいいかな…とよく使っていた。

私は、その意味に気づいていない振りに精いっぱいに答えた。
「そうなんです、これ高校の時からのお気に入りで、つい使っちゃって」。

本当は座らずにその場から立ち去りたかったけど、U先輩にそう言われたから帰っていったと思われるのも悪い気がしてできなかった。

・・・

講義の間も、帰宅してからもさっきのシーンを反芻した。

かなしかった。トートがお気に入りだったからでも、安物のそれやデザインが恥ずかしかったからではない。

同性に好かれていないことがショックだった。

どうしたら、先輩に好かれるんだろう。好かれるまでいかずとも、どうしたら普通でいてもらえるんだろう。

でも、U先輩は悪気があったわけじゃないかも知れない。
U先輩は、私だけではなく誰に対してもそんな感じなのかも。

ぐるぐるとそう考えては気を取り直して過ごし、少しずつサークルのメンバーと打ち解けたりしていった。

でもある日、サークルの代表に言われた。
「Uが、お前のことをサークルに入れるなって言うんだよ。サークルのこと、めちゃくちゃにする女だって。困っちゃうよなぁ」

驚いた。美人でも可愛いわけでもない、数回参加したサークル活動でも何のトラブルも起こしていない私が、そんなことを言われるなんて。どうして私が、そんな風に言われなくてはならないのか、分からなかった。


でも、いまならわかる気がする。


当時の私が、まっさらに純真だったからだ。

憧れの東京、念願の一人暮らし、始まったばかりのキャンパスライフ。期待しかない上に、真面目な中高時代を経て地方から出てきたばかりの私は、擦れていない「かわいい」やつだったんだ。

サークルのみんなでボウリングへ行ったときに、人気のあったI先輩が私にハイタッチしたり、投げ方をレクチャーしてくれたときも、何のてらいもなく「わ~!ありがとうございます」と返してしまう、そんなやつだった。

後日、サークルで仲良くなった同い年のアユミに「サヤカとI先輩のあれ、みんな見てたよ。付き合ってんのかと思った。I先輩はやばいよ、Y先輩なんて本気で片思いで携帯の待ち受けにしてるんだから」と教えてもらったんだ、そういえば。

・・・

U先輩が、あの日私に言い放った「かわいい」は、チープだね、ガキくさい、安上がりな女だね…と、そういう意味の「かわいい」だ。

でも、30歳半ばに差し掛かって思う。

風呂上がりのアイスクリームに幸せだったり、好きな人と会う日の前髪キマらない問題で悩んでしまうような、高価でもなければ「中学生かよ」っていう青臭い「かわいい」を持っている人は、やっぱり可愛いいんじゃないか。

それともう一つ。どんな経緯かは知る由もなかったけれど、昼間働きながら夜学に通ってサークル活動も謳歌していたU先輩。そんなU先輩が、世間知らずの一年生にあんな風になっていたのだって、十分可愛かったんじゃないかって。

あのころ、憤るのではなくU先輩の言葉にショックを受けちゃう私も健気で可愛いし、ポジションを守ろうと必死のU先輩も可愛い人だった。あと、I先輩をガラケーの待ち受けにしちゃってたY先輩も、可愛すぎやしないか。

なんだ。歳をとると若いころの登場人物、みんな全部がかわいいんじゃん。



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