「分断と思考停止の時代の戦い」伊藤詩織さんの民事裁判報告集会に行って。
Facebookからの転載です。
報道でご存知の方も多いと思いますが、フリージャーナリストの伊藤詩織氏が元TBSジャーナリストの山口敬之氏を訴えた民事裁判で原告の伊藤詩織氏が勝訴。山口氏の反訴も棄却されました。
実は私、伊藤詩織氏登壇シンポジウムには3回くらいは行っています。どっかの大学のホールがパンパンだったのをよく覚えてます。今日より多かった。あと、寒い時期だったのは間違いないけどいつかの表参道。大量の署名が彼女に渡され、「膝に乗せてるとブランケットのようで暖かい」と笑っていたのを覚えてます。
興味深かったのは、弁護団の方の話を聞けたこと。残念ながら新聞も読まない大人が増えてしまったけど(その割にはネットユーザーは新聞のネット配信記事から情報を得る)、明日の新聞にもここまで詳しく載らないであろう経緯の詳細が聞けたこと。山口氏は控訴する意向らしいが、たぶん手も足も出ないほど鉄壁の判決が出ているのはわかりました。それと、「330万円」というのは今の日本の訴訟では妥当な相場であり、「よく勝ち取った金額」なんだそうです。
しかし、日本だけに限らないけど、ヒドイ分断の時代になったと思います。かなりの量のインタビュー記事を買い集めて読んできたけど、一度も伊藤詩織氏は山口氏への恨み節を言ったことはない。過去のシンポジウムでも、今日も言わなかった。最初からそんな次元にいなかったんだろう。しかし、相変わらずネットを見てると二項対立の話に落とし込む人が多い気がする。昨日、朝日新聞の小さなコラムに興味深いことが書いてありました。「パブリックエディターから新聞と読者のあいだで 小島慶子」というコラムで、朝日新聞の部長が「エコーチェンバー」などについて語っていました。長くなるから詳細は書かないけど、ああ、閉鎖的な時代が続いてるから分断と思考停止が蔓延してるなあ、と思いました。私は例外だとは言わないけど。
そんな時代での彼女の戦いだったのかもしれない。 #metoo ムーヴメントだったり、フラワーデモだったりは、その中で生まれた連帯だったのかもしれない。
そんな中で、オンラインとオフラインの反応の違いの話には発見があった気がします。ちなみに伊藤詩織氏は涙しながらある告白をしていたけど、これは内緒にしておきます。
石川優実氏の話も刺激的でした。彼女も涙ながらに話をしてました。