AI/CV研究から医療ITスタートアップの代表へ

cvpaper.challenge Advent Calendar 2024 の5日目の担当者として筆を取らせていただいております、cvpaper.challenge の卒業生(アルムナイメンバー)の谷村 (@tanimutomo) と申します。
今は当時の研究とは関係なく、医療ITのスタートアップの代表をしております。
cvpaper.challenge での研究活動の機関大変お世話になっていた福原さんに、アルムナイコミュニティの立ち上げに伴って、依頼をいただいたので、僭越ながら、豪華な面々の中で私も執筆をさせていただけることになりました。

本日は、主に以下3点についてお話しできたらと考えています。

  • cvpaper.challenge を含めた研究時代から、ispec で代表を務めるところまで

  • 私が代表をしている ispec という会社での医療業界での技術活用の取り組み

  • 医療業界におけるCV技術の活用事例や可能性について


現在は医療ITの会社の代表をやっています

私は、cvpaper.challenge で、学部時代の2019-2020年に活動しており、今は株式会社ispec という医療ITの会社の代表をしております。

ispec は「医療への願いを叶える技術者集団」

ispec は、「医療への願いを叶える技術者集団」として、医療、特に病院(ざっくりいうと入院ができる医療機関)向けのシステムを開発している会社です。
最近では、デジタル庁が主導して開発をしている国の電子カルテの開発のPWG(プロダクトワーキンググループ)にも参画しお手伝いさせていただいております。

もう少しだけ具体的に紹介をさせていただくと、ispec は、「技術者集団として医療のイノベーションを加速させる」ということを掲げて活動しているエンジニアが多数在籍している会社になります。

医療はこのままでは持続不可能

医療業界はさまざまな理由からイノベーションが非常に停滞している分野です。問題としてはオンプレ前提のシステムになっている、連携が自由にできない、などさまざまな問題があるのですが、それによって病院の業務は20年前で止まっています

結果として、医療費はどんどん増大していくのに、病院の7割は赤字という状態になっています。

この状況を変え、日本の医療を持続可能にしていくために、我々は技術で貢献し医療業界のイノベーションを加速させることを目的に活動しています。

詳しくは、本ブログの後半でもう少し書ければと思っています。

cvpaper.challenge 時代からスタートアップの代表になるまで

冒頭の内容だと、cvpaper.challenge で研究をして実績を作ってから、その技術を医療業界に持って行って起業した成功者だ、みたいに捉えられるかもしれませんが、全くそんなことないので、がっかりせずに聞いてください。。

ちょっと長くなりますが、大学に入って研究を始めるところから、今に至るまでを自己紹介も兼ねて振り返れればと思いますので、さらっと見ていただけると幸いです。

慶應SFCに入り、機械学習の研究を始める

慶應SFCへは起業やAIに興味があって入学をしたのですが、入学してから営業の仕事などそれらとは違う活動をしておりました。
大学2年の夏休みのタイミングで本当はAIとかプログラミングに興味があってそれで起業したいとかいってるのに、何してるんだ、と思い始め、なんの経験もない中で複数社のエンジニアインターンに申し込みました。
適当に見つけた募集にいくつか申し込んだ程度で、なんの対策もしてなかったので、「なんで来たの?」と言われるレベルで落ちましたね。

落ちてやっと気づいたんですが、そもそも大学生なんだから大学で研究すればいいじゃんとわかり、研究室を探し始めました。
その時に、SFCで有名な「村井・徳田研究室」(当時の名称)があり、その研究室は複数の先生の研究室の集合体のような形になっていて、その中の研究グループ紹介があったので、そこに参加しました。

そこで、私は泊まり込みで研究をできるところを探してました。変人だと思われるかも知れませんが、純粋に家から片道2.5時間かかる場所に住んでいたので、面倒なので帰りたくなかったんですよね、、
そうしたら、発表前は帰れないよ、って忠告してくれるくらいの博士課程先輩がいる機械学習の研究をしているグループがあったので、そこに参加しました。

そこで、何か特別研究したい対象があるわけではなかったので、グループが属していた中澤研究室が IoTやスマートシティをやっていたので、それらのデータを使った機械学習の研究ということで、都市の画像からプライバシーに関わる情報を綺麗に除去して、街の点検等に利用可能にする、という研究を始めました。そこがCVの入口でしたね。その時は GAN を使っていました。

何もわからないところからのスタートだったので、博士課程の先輩を中心に研究室のメンバーにサポートしてもらいながら、学部3年の時に国際学会で発表をさせてもらったり、4年の時に情報処理学会の論文誌にも通ったりしました。この頃はちゃんと研究を頑張っていました。

"かっこいい" 研究がしたいと思い、cvpaper.challenge へ

大学4年になって、大学院に進学をすることは決めていたのですが、今の研究は終わりが見えてきてしまったいたことと、自分自身でやりたいと思って始めた研究ではなかったので、それで賞や学会に通したりしても何かゲームをやっているようで面白みを感じなくなってしまいました、、

その時に私がいたのはモデルをどこかに応用するような研究室だったので、もっと理論的なところとか、機械学習モデルの挙動とか、を研究したいと思うようになりました。なんか理論的なことがわかったり数式を扱って研究できるのがかっこいい、みたいな気持ちがあったんですよね。

研究室では難しいだろうと思っていたので、そのタイミングで CVPR などのCV系の国際学会の論文を全て読んでまとめて公開している、頭のおかしい cvpapr.challenge というコミュニティがある(すみません)、ということは現X上で認知していたので、勢いで片岡さんにDMさせてもらったところ、興味分野から 福原さん を紹介していただきました。

そして、福原さんのチームがやっていた Adversarial Examples を研究することになりました。
その後福原さんと論文を書かせていただくことになり、福原さんの家に2週間ほど泊まり込ませてもらい、学習データとモデルの頑健性との関係性について実験的に分析し、そこからより頑健なモデルを作るという研究をしていました。
その時の仮説を立ててコード書いて実験して、寝て起きたら結果が出ていて考察して、そこからさらに新しい仮説を立てる、というサイクルは非常に楽しかったことを覚えています。
雑にいうと、研究してるな、という感覚がありました笑
結果としては、仮説の見立てが違うことがわかり、その研究に関しては目指していた学会には出せずに終わってしまいましたが、一つの研究に没頭して楽しい時間を過ごさせていただきました。

研究を諦めて、サービスをつくるためエンジニアになる

モデルの挙動分析のような研究は個人的な興味とはとてもマッチしていたのですが、そのような研究には実験量とそれに伴って計算リソースが必要であるのと、精度が明確に向上するようなものと比べてトップの国際学会通すのは比較的難しい、というのは聞いていました。
また、その状態で根気強く続けることはもちろんできたのですが、改めて自分のキャリアを考えた時に、研究コミュニティに長い時間軸で貢献していくより、直接的にユーザーに価値を還元する、という方をやはりやりたい、と考え始めました。

そして、研究でPythonは書いていたので、エンジニアから入るのがいいだろう、と考え、さまざまなスタートアップでインターンとして働いてみようと考えました。
そこで同じ研究室に所属していた山田(当時から ispec CTO)に相談した結果、ispec がさまざまなスタートアップのゼロイチ開発をやっているという話を聞いて、そこで開発するのが一番経験を得ることができると考え、ジョインしました。これが大学院入学直後でした。

就活をしたがispecに残り、新規事業を作りまくり失敗し続ける

さまざまなスタートアップの開発を経験しながら、就活をするかどうか、という時期になるのですが、今のまま ispec でエンジニアとして働きづづけるよりは、どこかで新規事業の立ち上げなどを経験させてもらって、その後起業できないか、と考えていました。

就活の結果、何度かインターンをさせてもらっていた Wantedly と、DeNA を受けて内定をいただきました。非常に悩んだのですが、新規事業をやりたかったのでそれが立ち上がる数が多いDeNAに行くことを決めました

その後、大学院の2年の夏に、ispec で新規事業を立ち上げるから、そのプロダクトマネージャーになると同時に、執行役員になってもらえないか、DeNAに行くまでの8ヶ月くらいでも良い、という話をもらいオファーを受けることにしました。
元々新規事業立ち上げをやりたいと考えており、それが ispec でできるなら DeNA にいってエンジニアから始めるより早くできるからその方がいいな、と考え、DeNAには行かずに ispec に残ることを決めました。
元々何かを教えてもらうよりも、自分のやりたいようにやって失敗して試行錯誤していく方が好きだと思っていた、というのもこの決定に大きく関係しています。

そして、ispec で何個も新規事業を立ち上げては失敗して、ということを繰り返していました。
途中でさまざまな組織の変革があり、途中で 取締役COOに就任しました。

病院の課題の根深さに気づき、エンジニアとして貢献したくなった

途中で当時の代表の意向もあって、医療業界に向かうこととなり、その中であるご縁をいただいて病院の中でDX推進室という形で働かせていただく機会をいただきました。

そこで医療業界、特に病院における壊滅的なシステムの状態を目の当たりにし、その課題の奥深さ(歴史的背景、構造的要因など)に気づき、これはエンジニアとして解決しないわけには行かない、そうしないとこの国の医療が持たなくなる、と思い医療業界にコミットすることを決めました。
その流れで私が代表に就任し、今に至っています。

研究活動の中でいかされているもの

cvpaper.challenge 含め研究活動の中で行なっていた、論理的構造を意識して記述すること、大量の論文を読み込んでポイントを抽出すること、インプットした情報から仮説を立てて検証していく、などのいわゆる思考の基礎体力的なものは、研究の中で多く培われたところはあったと思います。

それは、今の事業づくり、組織づくりなど経営全般に大きくいきている、と実感しています。
あれだけインプット、仮説立案、検証、アウトプット、のサイクルの精度とスピードを高いレベルで求められる環境はないので、経営によらず何においても役立つものだと思います。

そのため、研究室はもちろん、そこからさらに有志で集まって活動している cvpaper.challenge のメンバーの方々と一緒に研究をさせていただけたのは、今は研究の舞台からは離れてはいますが、私の中でも大きな経験となっています。
大変だとは思いますが、研究室の活動を超えてさらに活動の幅を広げている人たちがいる場所というのは、それだけレベルも高いので、学生の方にはとても良い場所だと思います

CV・LLM が医療分野での活用・発展

ispec で取り組んでいる領域は医療の画像分野ではないのですが、せっかくなので、私が会社でやっている医療と、CVの接点についてお話をさせていただき、両方のつなぎができればと考えています。

AIが医師国家試験に合格できる時代

まずは広い括りで「AI」全般に関していうと、医師国家試験に関して米国においても日本においても、かなりの高得点で合格できるモデルが登場しています。

2022年、ChatGPTが米国医師国家試験(USMLE)で全てで合格ライン付近の正答率(約60%)を達成。

その後の研究では、OpenEvidence社が開発したモデルがUSMLEで90%以上の正答率を記録し、AIによる医学知識の正確性向上を証明しています。

また、米国、中国、台湾における医師国家試験の問題から作成したOpenQAのデータセットにおけるスコアのリーダーボードもあり、執筆時点では、医療ドメインに学習を特化させたGeminiファミリーのMed-Gemini がトップになっています。

日本でも2023年に、特に日本特有の医療制度を追加学習していないGeneralなGPT-4でも、日本の第117回医師国家試験において、GPT-4 が必修問題で82.7%、一般問題で77.2%という正答率を記録しました。

医療分野では作成しなくてはならない文書が大量にあるため、そこではLLMを活用したサービスが大量に出てきています。

  • 診察の会話内容から自動でカルテ記事を作成

  • 過去のカルテ内容、検査値のデータから看護サマリー、診療情報提供書など必要文書を作成

  • 行った診療行為・カルテ文章から売上として計上する項目(診療報酬加算)を提示したり、そのチェックを行う

しかし、GPT3.5登場以前は医療におけるAIといえば医療画像領域に対するCV領域のモデルの活用でした。
特に医療では血液などの検体を通して検査をする場合はありますが、視覚的に状態を捉えて診断をするものもたくさんあります。
そしてそれらのデータは非常に細かく微小な変化に気づく必要があるため、そこでCV関連の技術が医師をサポートしています。

医療業界におけるCV活用事例

いくつか事例を紹介させていただきます。

放射線診断支援

CT画像やMRI画像から異常検知を行い示したり、特定の疾患に対する診断の仮説を医師に提示します。

放射線診断支援でのCV技術活用

内視鏡診断支援

体内に小型カメラを入れて状態を視覚的に確認していく検査ですが、その際に異常えを部位がないか常に判断をして、医師の診断を助けています。

内視鏡診断におけるCV活用事例

眼科診断

眼底検査などの目の状態を把握するための検査でも、異常がないか、を確かめる方法として、異常検知を中心とした技術が利用されています。

眼科診断におけるCV活用事例

病理画像診断

組織や細胞などを顕微鏡でのぞいたような画像から、情報を抽出して状態を把握します。顕微鏡で見るような画像をデジタルにしてさまざまな方法で体の状態を把握します。

病理画像診断におけるCV活用事例

CV関連で利用されている技術と今後の課題

メインで使われているのは以下の領域で、検査周りが多いため、異常検知が多いのと収集・活用できるデータに制限があることは多いため、学習方法やデータ拡張にも注目が集まっていると思います。

  • 異常検知

  • 物体検出

  • セグメンテーション

  • Data Augmentation

これらの分野の中でも、特に医療での活用に対して今後も取り組まれていくだろう課題としては、以下のようなものが挙げられると思います。

  • False Negative (FN) : 本当は病気であるのにそれを見逃してしまうと、AI医療機器に対する信頼が高まるほど問題になります。人命に関わるため、かなりシビアになっています。

  • データ不足 : 医療画像や患者データの収集が法的・倫理的に制約を受けており、データ共有の仕組みや技術も不足している状態です。

  • データ分布の問題 : データ収集・学習において、患者の偏りだったり国等も含めた個体差であったり、データ分布的な問題で学習が困難なケースがあります。

ispec は、CVが医療業界で活躍できるインフラづくりをしています

進まない技術活用と経営状態の悪化

これだけ最新技術が活用できる場所がたくさんあるにも関わらず、実際の病院業務はこれらとはほど遠くアナログなのが実態です。

結果として、DXは業界の中でトップクラスに進んでおらず(農業の方が全然進んでいます)、非効率な中で医療従事者は足りておらず、経営としても非常に困難な状態に立たされています。

総務省|令和3年版 情報通信白書

この業界のシステムは、とにかくクローズ、クローズ、が前提になっています。病院のシステムは電子カルテだけではなく、たくさんあるのですが、それらは全てオンプレで、システム間の連携なども容易にはできない設計になっています。

これによって、病院は高いシステムを購入し、それらの連携のためにも多額の費用を払います。しかしクラウドサービスのように日々新しい機能が追加されるようなものではありません。
結果として業務効率化等によって得られるはずの利益と投資額が見合っているのか、というレベルまでになってしまっています。

活用を広げるためにはインフラの整備が急務

アドベントカレンダーとして見ていただいてる方には、研究者・技術者の方々が多いと思うので、ここまで聞くと、 APIとSDK公開してコミュニティ単位、エコシステム全体で業界を進化させていった方が良くない?と思いますよね。
その通りなんですよ。そのほうが市場も新たに生まれていき、ビジネスとしてのチャンスも長期的には広がると思っています。ただそれが歴史的文脈、構造的背景からできてないというのが現状です。(詳しくは書きませんが、気になる方いたら説明します)

そのため、我々は病院のベースとなっている基幹システム側を変えていくことで、医療業界にさきほどCVの応用先としてあげた技術が積極的に導入されていく状態にしていきたいと思っています。
それが電子カルテを中心とした病院システムの開発ということになります。

また、ispec では、医療システムの品質担保やクラウド化をしていくための支援にLLMを活用してコード解析・仕様分析・テスト自動化などを行ったりもしています。
ぜひ、技術で社会貢献をしていきたいと考えている方は、お話しさせていただけますと幸いです。

弊社のことについては詳しくはこちらで書いておりますので、ご興味あれば読んでいただけますと幸いです。

最後に

弊社にも興味を持っていただきたい気持ちは山々ですが、何より研究対象の分野として医療領域は、課題が山積みかつ、社会貢献への接続が非常にわかりやすいです。研究者・学生の方々に少しでも医療領域での研究・技術進展に興味を持っていただけたら幸いです!


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