【読書メモ】高齢者のための法的支援
この連休前に、初めて参加したZoom勉強会で紹介されていた本。
全人口の28%を65歳以上が占める中、これまで司法アクセス研究において焦点をあてられることが少なかった「高齢者」という属性に焦点をあてた法社会学の研究である。何より注目したのは、その研究対象である。高齢者の司法アクセスを分析するため、「高齢者」「法専門家」に加え、「行政・福祉関係機関」の三者を対象としたアンケート及びインタビュー調査を行っている点であった。いろいろな意味でボリューミーで、連休の半分を費やしてしまったが、それだけの価値があった。
行政・福祉関係機関の機能ーアクセスを媒介することの意味
高齢者と法専門家へのアンケート・インタビュー調査も興味深いが、やはり私の現在のポジションから最も関心が高かったのは第4章!「行政・福祉関係機関の機能」だよ! 第3章を読んでられないくらい第4章楽しみだったよ!
私が想像していたのは、一般的な基礎自治体(市区町村)の高齢福祉関連部署や、地域包括支援センターを対象としたアンケート又はインタビュー調査だった。私が現在の市役所に入庁した時、職員たちは、私が「人生で初めて会う弁護士だ」という人がほとんどだった。政令市の隣(距離的にギリギリ都市部に入るのでは?)の市であるにもかかわらず、である。彼らが弁護士と接するのは、成年後見人の市長申立をした際に、弁護士会が推薦して選任された成年後見人へ引継ぎをする際くらいだったようだ。そして、その後見人も、必ずしも高齢者の生活課題等に詳しい弁護士が来るわけではないため、人によって苦労することもままあったようである。
このため、普通に調査をすれば、「どうやって弁護士を探したらいいのかわからない」「人によっていろんな意味でいろいろ」みたいな、忌憚のない声があげられている…と、思っていた。
しかし!
だいぶ様子が違う。調査の対象が、おそらく都内特別区の①生活福祉課系(生活保護取扱部署)と高齢福祉担当部署職員と、②地域包括支援センター職員だった。さらに、いずれの職員も、法テラス東京が実施している「ホットライン」なるサービスをがっつり利用している職員である。「ホットライン」とは、主に電話によるスタッフ弁護士から関係機関職員への法的情報提供システムのことを指し、生活保護CW、地域包括支援センター職員等が相談者の問題への対応における疑問点が生じた際に利用できる。この「ホットライン」にどの程度の費用が割かれているかは不明だが(たぶん無料なのだろう)、本調査の対象は、日本トップクラスに福祉行政の司法アクセスが保障された場面である、ということは押さえておく必要がある。
さて、本調査は、対象となる自治体福祉部署職員と地域包括支援センター職員に対するインタビュー調査である。
課ごとの相談傾向:生活保護関係課からの相談は相談者本人からの相談が中心。高齢福祉関係課・地域包括支援センターからの相談は、民生委員や周囲の家族、知人が気づいて寄せる相談が中心。判断能力に弱さがあったり、加齢に伴う心理的な変化により自ら援助行動をとりづらい高齢者の場合、「周囲の人」からの相談を端緒に司法アクセスへのニーズを吸い上げることが可能。
行政・福祉関係者の法的課題への感受性:自己破産・離婚・相続といった典型的課題については気づきやすいが、「弁護士であれば法律事項と判断する事項でも典型に当てはまらない課題に」は見落とされる可能性がある。また、私人間紛争に行政(福祉)は介入してはならないというポリシーが根強い場合もある。法律事項か否かグレーな段階から、抵抗なく相談を聞いてくれる弁護士が必要。弁護士側からは、行政・福祉関係者への事例を通じた実践的内容の研修をするなど、弁護士側から見た法律上の課題のある事例がどのようなものか、伝える営みも必要。
法システムへのネガティブな認識:高齢者にとって、弁護士をはじめとする法システム一般へのネガティブな認識があるケースがある(家の中のことを表ざたにしたくない、訴訟するのはみっともない等)中、行政あるいは福祉機関を通じて法律相談を聞くと、法システムを意識することなく弁護士につながることができる。
行政・福祉関係機関の法専門家への印象:行政・福祉専門機関が弁護士を必要としたときにまず思い浮かべるのが自治体法律相談だが、担当者が日ごとに違う、週に数回しかないので待ち時間が発生する、受任不可の場合が多い。行政機関担当の弁護士(これがどのような形で関わっているかが不明。弁護士会の委員会から定期的に派遣されて契約しているような形か?)も、回答まで時間がかかる。いずれも使い勝手がいいとは言えない。これに対し、法テラス東京の「ホットライン」は、顔の見える弁護士から、電話一本で正確な法的情報提供が得られたり、迅速な受任につながったりする。
「ホットライン」の課題:弁護士と行政・福祉関係機関双方の業務範囲と役割分担の明確化が課題。生活保護受給の要否など、行政と法専門家とで見解が分かれることがある論点への対応。ときに利益相反に近い状況が発生する。また、法テラス東京、行政機関ともに異動リスクがあり、双方ともに後任にきちんと引き継げないと、属人的つながりだけでは持続可能な連携にならない。
行政・福祉関係機関からの法律相談の受け方
大きくまとめると上述のようになるが、いずれも私がこれまで法律相談を聞いてきて感じていることとほぼ一致する。弁護士の目から見ると、ニーズは山のようにあると思われるが、職員がそれを「解決すべき課題」と思ってもらえるかで相談件数は大きく変わってくるように思う。問題意識の強い職員がしかるべきポジションにいたときはひっきりなしに相談が来たが、異動したとたんにまったくお呼びがかからなくなるということは、中の職員として相談を聞いていてもよくあることだ。相談ニーズの吸い上げを属人的なものにしないためにも、今後どうすればいいか、参考になる点は多かった。
他方、中に弁護士がいる自治体の方が圧倒的少数なので、一般的にどこまで参考にできるかを考えたとき、やはりこの研究を一般化するにはいくつか難しい点がある。確かに「ホットライン」は、行政・福祉関係機関にとっては大変ありがたいシステムだと思われるが、これが維持できているのは、ひとえに「法テラス東京だったから」という点がかなり大きいように思われる。これを弁護士会との関係で同じシステムを構築しようとしたとき、いろいろと克服すべき課題は多そうな気がした。たぶん、まず「生活保護系部署」へアプローチする委員会と、「高齢福祉系部署」へアプローチする委員会は別だったりしない? もっと言うと、「DV系部署」へアプローチする委員会も別だったりしない? おそらく、1~2名の固定の弁護士が、対人援助部署すべてをまとめて相談を受けられた方がいいのではないかと思う。「高齢も障害も生活保護もDVも全部わかる弁護士なんていないよ」と言われてしまいそうだが、自治体の福祉は日々、これらすべてが複合的に絡みまくって動いている。
また、本書における高齢者への調査と行政・福祉関係機関への調査から、高齢者に対応する弁護士に求める要素として、「高齢者に対する尊敬の念」と「日常生活への配慮」「相互理解のためのコミュニケーション技術」といった、法律以外の高齢者支援の専門知識があげられている。当然のことのように思われるが、ではたとえば弁護士会が提供する研修の中に、たとえば認知症高齢者への接し方の記述であるユマニチュードなどの研修があるか、と言われると受けたことがない。成年後見制度の運用に関する研修を一通りするだけで精いっぱい、といった単位会も多いのではないか。他方、高齢者に特化した対人援助技法をOJTだけで獲得するのも難しい。そこで、本書が提案するように、実務に就いてから、できれば福祉系学部が併設されている大学であれば法科大学院の間から、行政・福祉関係機関と一緒に事例検討型の勉強会をするのもいいかもしれない。そういえば、医学部を筆頭に、医療系の養成機関では、多職種連携教育(IPE: Interprofessional Education)がカリキュラムとして取り入れられている。ここ数年、大学病院で入院すると、医師ー看護師ー栄養士ー薬剤師の連携っぷりに毎回感動するけど、そういうことなのか… 弁護士は残念ながら、そういった教育を受ける機会はあんまりない。「連携」と簡単に言うけど、「いろんな人を会議に集めてみた」を「連携」と言ってみたりして他職種にがっかりされることもある。私は、転職して5年経つけど、いまだに「連携」が何なのかよくわかっていないよ…