藤野古白 春の句(「古白遺稿」より)97句
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きさらぎや若草山に昼の月
のどかさや五器に飯ある乞食小屋
のどかさは泥の中行く清水かな
永き日の洛陽に入りて暮れにけり
春の夜や衣桁を辷る衣そよろ
春の夜や灯をつけて居る清見寺
子規子発足の前夜其僦居を訪ふ 春の夜や諸越へ行く旅支度
君が代や大根畠に子の日せん
天竺や小松引く野の仏だち
山焼くや窓でながめて庭へ出て
畑打や柳の奥に村一つ
切れ凧に淋しく暮るゝ廣野かな
爐塞や坐って見たり寝て見たり
松風も村雨もあり須磨の雛
新海苔や誰が袖が浦紺ちゝぶ
ぬっと出る海苔干す露地の白帆かな
塩浜に清水流るゝ雪解かな
杉暗き社の雪間雪間かな
春雨や京は町並琴の声
春雨や石の濡れたる金閣寺
近江路やしがらき笠に春の雨
清水に月無き夜なり春の雨
不老門に日の暮るゝなり春の雨
小式部の衣紋くづすや春の風
春風や橋を渡れば嵐山
野の雪や空照り返す朧月
山の灯は京のうしろや朧月
灯のともるやうに出るなり春の月
鶯のねくら探さん春の月
大仏に落ちかゝりけり朧月
諸越の使者来る夜なり朧月
富士見えていよいよ朧月夜かな
上げ汐の千住まで来て朧月
陽炎やさくさくと踏む砂の上
陽炎に馬のくさめをふきかけぬ
山を出て山を見返る霞かな
山鳥の跡や尾上の別れ霜
舟歌に月こそ出づれ春の海
春の海船頭起きて真帆あがる
春の水や草鞋の流れ行く末は
草ちょぼちょぼ泥に澄みけり春の水
簪で鰻釣るべし春の水
水門を出て濁りけり春の水
戀猫のあらはれ出たる戸棚かな
啼きやめて糞したりけり猫の戀
鹿の角月にうつして落しけり
落したで言訳立つや鹿の角
奥山や鈴がら振つて呼子鳥
井のほとり鶯のちょこちょこ走りけり
鶯や海に日の出る山の裏
鶯や歌の中山清閑寺
鶯や若菜洗ひし井戸の端
鶯や廣野あたりの夕霞
鶯や梅の根岸のぬかり道
鶯や昼迄鎖す柴の門
鶯や納屋の板戸にかゝる雨
鶯や松の初音を大悲閣
鶯の千里を牛のあゆみかな
鳴くや雲雀五山の空に只一つ
燕やぬれ足並ぶ橋の上
帰る雁沖白う夜は風寒し
二声は同じ雉なり草の中
夢中にて 傘の蝶にうかるゝ女かな
飴売の虻に追はるゝ野路かな
いろいろに田の月動く蛙かな
手すさびに桑摘む姫や紙蚕
子を負ふて蛤にぢる浅瀬かな
白梅やその暁の星寒し
鶯の糞程梅の咲きにけり
梅咲いて彫物古し山社
三日月は梅一輪の闇にして
無得*1に寄す 梅咲くや門を開いて徒に授く
送別 梅が散る唯立ちのきて別れかな
舟呼ぶや柳から出る海人の妻
簾捲けば則ち青き柳かな
青柳や狐釣るべき枝の形
有明に緋鯉釣るべき柳かな
水程はさわがぬ雨の柳かな
雛四五軒垣つゞきなり桃の花
花を折つてふり返つて曰くあれは白雲
花守の散る時は寝てしまひけり
一寸の錦織るなり花盛
花盛満月も散るばかりなり
見覚えん月も無き夜の花の宿
夕桜月出でゝいまだ夜ならず
静かさや雨に暮れ行く山桜
泥舟の泥に散りたる桜かな
山門の奥に寺無し初桜
散る時は一重なりけり八重桜
水の上に餘りおもたし八重桜
鶺鴒や渡守る家の七若菜
若草や背戸よりつゞく山一つ
若草や寝よげに見ゆる野辺の月
白菊と札のついたる根分かな
市中の日にしほれたる蕨かな
菜の花や末寺の見ゆる麓迄
山吹の濡れてひつゝく折戸かな
*1)無得:古白の親友、伴武雄の筆名。山口県出身。
底本:「古白遺稿」正岡子規
発行:明治30年5月28日