モラルなき自社株買いについて



はじめに

先日気になるツイートが流れてきました。ぜひツリーを読んでみてください

この方は個人投資家兼事業家のようですが、ツリーを読んでみると内容が妙に気になりました。曰く「現在の日本企業は資本効率を重視し過ぎるあまり、設備投資をせず株主を喜ばせるだけの自社株買いを繰り返している。それは製品の改良や生産性の向上には寄与せず競争を阻害しているが、額面上は株価上昇+高収益企業化し、人手不足から結果的に給与も上がる」という見解です。
実は私が保有している個別株の中でも今年、大規模な自社株買いを発表し、大きく株価が上昇しており「自社株買いが実行されるとトクなんだなぁ」と漠然と感じていました。彼の見解が本当であれば、今後も我々の資産形成に大きな機会があるのではないか。と、期待をこめて検証すると共に、そもそも自社株買いって?それが今後何にどのような影響を与えていくのか、現在のデータと2015年のハーバード・ビジネスレビュー掲載の論文と現在のデータから考察しました。

自社株買いとは
私が学生時代に経営学ゼミにいた時に学んだ自社株買いの目的は「市場に流れている公開株の流動性を低下させることで敵対的買収を防ぐ」「もの言う株主からの経営判断への影響を抑える」「株主価値を高める」だった記憶があります。まぁ良い事じゃないか株主は儲かる訳だし、などと学生らしい理解でしたが、現実。

日本国内の自社株買いの現況

まず数字を見てみましょう
2022年度、総株主還元(自社株買い+配当)は過去最高の見込み ~東証の「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」のインパクトは?~ | 佐久間 啓 | 第一生命経済研究所 (dlri.co.jp)よりグラフを引用します。

なぜ日本企業は自社株買いをこうも増やしているのでしょうか?
詳しくは以下の金融庁と東証作成の2つの資料を参照して頂きたいのですが、他国と比較して日本企業は収益性に難があるため、資本効率を上げるべし、と要求・提言しているんですね。
02.pdf (fsa.go.jp)
cg27su00000042a2.pdf (jpx.co.jp)
これだけなら結構な事です。
ただ、先の木下洋介氏のツイートの推論は「多くの企業は資本効率を上げるために、ブランド価値を上げて売値を上げて収益性を改善したり、新規開発で需要創出するといった企業価値向上ではなく、自社株買いに走ってないか?」という意図なんですね。
自社株買いに一体どんな問題があるのでしょうか?また、本当に株主は還元に値するだけのリスクを背負い、経営活動に貢献しているのでしょうか?

自社株買いへの批判と正当性

2015年1月のハーバードビジネスレビューに掲載されたウィリアム・ラズニック著『3つの大義名分で覆い隠された真実 欺瞞だらけの自社株買い(原題 Profit without prosperity 繁栄なき利益)』では以下の理由から批判されています。簡単に趣旨をまとめます。

曰く、
株主の圧倒的多数は優良な株を買っているだけのただの投資家であり、少しでも損をするとなれば簡単に売却する。企業の生産能力に真に投資しているのは納税者と労働者だけである。にもかかわらずファイザー・エクソンなど名だたる大企業ですら過剰な自社株買いを行っており、多くの企業で経営者の報酬を株価連動式にしたことで彼らは大金を得ている。企業統治の担い手である社外取締役も他企業CEOが多く経営者同士でお互いをかばい合っていて、過剰な株主還元策に歯止めが効いていない。また、アップルは株式を1980年に発効した際に資金を得ただけでそれ以降の株主は株式市場で売買しているだけで何も経営に貢献していないにも関わらず、アップルへ圧力を掛けて自社株買いを強いたこともある。とのことです。

これは言わば「マンガの作者に何も還元されないにも拘らず、ブックオフで古本を買っただけのイチャモンを付けてくる客に、出版社が作者の利益を減らして粗品をプレゼントするようなもの」です。


同論文より引用

1981年から2012年までにS&P500採用銘柄における純利益とそのうちに占める配当と自社株買いの割合、つまり株主に還元された割合は75%を超えている。

巷で言われる内部留保ですが、そもそも内部留保は既に自社株買いと配当によって株主に大量の資金が渡った後の残りなので、内部留保だけに注目するのは株主・経営者から見ればいい笑いものでしかない事がわかります。75%は使われた後なので。一例として、2023年に大規模な自社株買いを発表したSANKYOを次章で挙げます。

自社株買いの例と考察 SANKYO社

一例として、SANKYOは23年9月21日に自社株買いを発表しました。

公開市場から17.21%の株が買い上げられるので、単純に考えればその分株価は上昇します。事実、9/21時点で6,573円だった株価は現在8,163円(19.5%上昇)に推移しています。さらに業績連動型配当を発表し、配当率も2.2%から3.7%まで上昇しています。まさに前章で挙げたように、株主還元を目的とした自社株買いに見えます。

自己株式の取得に係る事項の決定に関するお知らせ
140120231106579919.pdf (kabupro.jp)

ただし、SANKYOは11月7日発表では自社株買いの理由を「資本効率の向上を図るとともに、経営環境の変化に対応した機動的な資本政策の遂行及び株主への一層の利益還元を目的とした自己株式の取得を行うものであります」と述べています。

どういう意味でしょうか?

「資本政策の遂行」とはマーケットからの資金調達と経営の裁量権のバランスをとる事ですが、今回の自社株買いをすることで余計な株主を排除し現在の大株主が安定して経営の権利を持つことが目的です、という意味なのでしょうね。つまり、この自社株買いの目的は株主・経営者を安定させ、利益を還元する策と解釈できます。

ただ、実際には自社株買い発表の翌日11/8から11/15にかけて創業者である毒島秀行氏と氏の資産管理会社マーフ・コーポレーションから自社株買い1,000万株の半数強である550万株を購入している為、これが「経営環境の変化に対応した機動的な資本政策の遂行」に繋がるのかは疑問です。創業者のパチンコ業からの退出、終活なのではないかとも疑われているようです。
SANKYOについて、毒島秀行氏は保有割合が5%未満に減少したと報告 [変更報告書No.32] | 大量保有報告書 - 株探ニュース (kabutan.jp)

また、SANKYO社は従来の約2億円のストックオプション制度を廃止し、年間20万株(12月末株価で16億円)相当の株式報酬制度を今年5月に導入しています。その数か月後に自社株買いを行い、取締役・執行役員の報酬を合計1億5千万ほどアップさせているのは、非常に露骨と言って差し支えないと思います。
「当社等の取締役等に対する業績連動型株式報酬制度の導入に関するお知らせ」
140120230510563951.pdf (minkabu.jp)

今後の予測と私たちに与えるインパクト

今後もこの流れが続くのであれば、私たちはどうすれば良いのでしょうか?
冒頭に立ち返って木下洋介氏の予想は当たるのでしょうか?
大企業の経営者たちが企業経営を通じて一般社会への価値創出を蔑ろにし、自分たちに都合の良いように金融庁・東証からの要請を解釈し、経営手腕も責任も一切問われない自社株買いと配当増という形で私腹を肥やす社会でどう動けばよいのでしょうか?残念ながら”彼ら”は実行し、決断する権力があり、我々には選択する自由しかありません。でも、自由があるだけマシです。

2023年はどんな年だったでしょうか?1ドル130円から141円まで8%も下落し、日経平均は26,000円台から33,500円まで22.4%上昇しました。別に何か付加価値がついて私たちの生活が豊かになった訳でもないのに。
冷静なリスクヘッジを行ったうえで、我々も可能な限りのリスクを背負っていくしかないようです。ただ、私個人としては、何の価値創造もしてない、事業に後乗りしているだけの投資家が高い報酬を得て、そこらへんで道路や橋を作ったり病人・老人・子供を面倒見ている人の報酬が少ないというのは非常に歪な構造だと思うよ。そら滅ぶよ。

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