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人は語りたい、語れる場をつくるということ
人は語りたい
私はこれまでカウンセラーとして多くの人と向き合ってきました。その中で強く感じたことがあります。
それは、「人は本当は語りたいのに、語る機会がない」ということです。日々の生活の中で、自分の大切にしていることをしっかり言葉にして伝える機会は意外と少ないものです。特に身近な人ほど、態度や短い言葉で済ませてしまいがちです。
しかし、だからこそインタビューを軸としたドキュメンタリーを制作する意義があるのではないかと考えています。
語る機会が少ない理由
なぜ、私たちは語る機会を持ちにくいのでしょうか?
ひとつには、時間の問題があります。現代の生活は忙しく、ゆっくりと腰を据えて話す機会が減っています。家族や友人と過ごす時間も短くなり、会話が断片的になっていると感じることはないでしょうか。
もうひとつの理由は、コミュニケーションの変化です。SNSやメッセージアプリが発達し、短い文章やスタンプで気持ちを伝えることが当たり前になりました。その結果、じっくりと自分の想いを言葉にする機会が減り、深い対話が生まれにくくなっています。
さらに、「話しても理解されないかもしれない」「話すことで関係が変わるのが怖い」といった心理的な障壁もあります。だからこそ、多くの人は本当に大切にしていることほど、心の奥にしまいこんでしまうのかもしれません。
語ることで生まれる変化
では、もしそうした語る機会を得られたとしたらどうでしょうか。
カウンセリングの現場では、話し始めたことで自分の気持ちに気づく人が多くいます。「実はこんなことを思っていたんだ」と、自分の言葉を通して初めて自分の内面を深く理解するのです。話すことは単なる情報のやり取りではなく、自己理解を深める行為でもあります。
また、誰かに話を聞いてもらうことで、「自分の考えや経験には価値がある」と感じることができます。それは、自信や安心感につながります。誰かが真剣に耳を傾けてくれることで、話し手の心が開かれ、言葉が生まれていくのです。
インタビューの力
このような「語ることの力」を最大限に引き出すのが、インタビューという手法です。
ドキュメンタリー制作において、私はインタビューを大切にしています。カメラの前で話すことに最初は緊張している人も、質問を重ねていくうちに、次第に語りが深まっていきます。そして、気づくと「こんなに話したのは久しぶりだ」と笑顔になるのです。
以前、ある方にインタビューをしたときのことです。その方は最初、「特に話すことなんてないですよ」と控えめでした。しかし、過去の経験や今の想いを丁寧に尋ねると、次第に言葉があふれ出し、気づけば時間を忘れて話し続けていました。インタビューの後、「自分の気持ちをこんなに整理できたのは初めてです」とおっしゃっていました。
語ることは、自分を見つめ直すことでもあります。そして、その言葉を誰かが受け止めることで、新たな意味が生まれます。
語れる場をつくること
私がドキュメンタリー制作を通して目指しているのは、「自身の本当に大事にしていることを安心して語れる場をつくること」です。
ただ話を聴くだけではなく、インタビューを通じてその人の中にある言葉を引き出し、大切な想いを形にすること。
人は語りたい。そして、語ることで自分自身を知り、誰かとつながることができる。その機会が少ない今だからこそ、私はインタビューを軸にしたドキュメンタリーをつくり続けていきたいと思います。
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臨床心理士・公認心理師をしながら、ビデオグラファーとしてインタビューを軸としたドキュメンタリー映像を制作をしています。WEBサイトにて、これまでの作品集を掲載しています。是非、ご覧ください。
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