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今まで語られてこなかったことを語ってもらうには


インタビューの場では、誰もが準備された回答やありきたりなエピソードを語りがちです。
しかし、その裏側には、本人さえ気づいていない深い感情や、普段は表面化しない体験が眠っているものです。
では、どうすれば、そうした「隠れた真実」を引き出すことができるのでしょうか。

「言語化の遅延」を誘発する質問設計

まず、私たちが日常的に交わす会話は、瞬時に答えを引き出す「ファストシンキング(速い思考)」に依存していると言えます。

ダニエル・カーネマンの研究でも示されているように、私たちは普段、直感的な判断を下すシステム1と、より慎重に考えるシステム2を使い分けています。インタビューで深層の内容を引き出すためには、システム2に働きかけ、時間をかけた思考を促す質問が効果的です。

たとえば、「普段の仕事の中で、ふとした瞬間に感じる孤独感や、誰にも言えなかった葛藤について教えていただけますか?」といった、すぐに答えが出にくい質問は、相手に自分自身を振り返る時間を与え、言語化に時間がかかる答えを引き出す可能性を秘めています。

未知の領域へ踏み込む質問の重要性

多くのインタビューは、あらかじめ用意された質問リストに沿って進行され、答えやすい内容で埋め尽くされているかもしれません。しかし、心理学の研究が示すように、人は普段の枠組みの外にある未知の領域に踏み込むと、内面に眠る本音や感情を露呈しやすくなります。自己開示の理論(Self-disclosure Theory)では、個人が自分の内面をさらけ出す行為は、安全な環境と適度なリスクが伴ったときに起こりやすいとされています。

そこで、相手が「初めて考えた」「答えたことがない」と感じる質問、すなわち今まで誰にも問われなかった疑問や、自己理解の再構築を迫るような問いを投げかけることが鍵となります。

具体例としては、「これまでの人生で、最も転機となった出来事は何でしたか? その瞬間、どのような感情が自分の中で生まれ、今の自分にどんな影響を与えていると感じますか?」といった複層的な質問です。こうした質問は、表面的な回答だけでなく、深い内省や過去の経験の再評価を促す効果があり、相手にとっても新たな発見となる場合が多いのです。

インタビュー環境の整備と非言語コミュニケーション

質問の内容だけでなく、インタビューを取り巻く環境も大きな役割を果たします。カール・ロジャーズが提唱した「無条件肯定的配慮(Unconditional Positive Regard)」は、対話の相手が安心して自分をさらけ出せるための重要な条件です。インタビュアーは、相手に対して批判や評価をせず、ただ聴く姿勢を示すことで、相手の心のハードルを下げることができます。

また、沈黙の使い方も効果的です。インタビュー中にあえて沈黙の時間を作ることで、相手は思考を深め、自分の感情や体験に向き合う余裕を得られます。心理学的には、このような「沈黙の間」は、内省を促すトリガーとなり、相手が普段は口にしないような言葉や感情を引き出す助けとなると考えられます。

質問と自己認識の関係

人は普段、無意識のうちに自分自身の行動や感情をルーチンとして捉えているため、深い問いに直面すると、それまで意識していなかった側面に気づくことがあります。自己認識に関する心理学の研究(たとえば、エリク・エリクソンのライフサイクル理論など)では、自己理解は生涯にわたるプロセスであり、新たな質問が自己の再発見を促すとされています。この視点から、インタビューは単なる情報収集の場ではなく、相手にとっても自己成長の一助となる可能性を秘めているのです。

たとえば、「あなたにとって『成功』とは何ですか?」といった抽象的かつ個人的なテーマを扱う質問は、答えに迷いが生じると同時に、相手がこれまで深く考えたことのなかった価値観に向き合うきっかけとなります。このように、質問自体が自己探求のプロセスとなることで、インタビューはより充実した対話の場となり、聞き手もまた新たな視点や洞察を得ることができるのです。

まとめ:深い対話を実現するために

インタビューにおいて、これまで語られてこなかった内容を引き出すためには、単に表面的な質問を繰り返すのではなく、相手の内面に触れるような問いかけが求められます。心理学の知見は、そのための有効なヒントを提供してくれます。

言語化に時間がかかる質問:システム2を刺激し、じっくりと内省してもらう。
未知の領域に踏み込む質問:自己開示を促し、内面の新たな側面に気づいてもらう。
安全な環境の提供:無条件肯定的配慮と沈黙の活用で、対話のリズムを整える。
自己認識を促す問い:個人の価値観や人生の転機について問うことで、深い自己理解につなげる。

これらのポイントを意識することで、インタビューは単なる情報のやり取りを超え、相手自身が新たな自己を発見する貴重な体験となるでしょう。そして、インタビュアー自身も、深い対話を通じて相手の内面に触れることで、人間関係の本質やその奥深さを再認識することができるかもしれません。

インタビューのプロセスを「ともに心奥を探求する旅」と捉え、準備段階から対話の流れや環境設定に工夫を凝らすことが、これまでにない新たなナラティヴを生み出す鍵となると考えています。


臨床心理士・公認心理師をしながら、ビデオグラファーとしてインタビューを軸としたドキュメンタリー映像を制作をしています。WEBサイトにて、これまでの作品集を掲載しています。是非、ご覧ください。

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