That's all i could say.
泡立つ水の中でオレは確実にその顔を見た。
恵理子の柔らかくて、丸い顎が印象的だった。
七歳の夏、オレたちは小さな崖のある、川に行った。たしか、オレを含めて六人ほどで。
そこへ行く前に、父にいわれた。
「間違っても、崖から川に飛び込んだりするなよ」と。
父の顔はいつもより険しく、子供心に本気でいっているのが伝わったので、それだけは守ろうと思っていた。
なにより、オレは泳げなかった。いや、厳密にいうと、落ち着いたプールとかの環境で少しくらいは泳げたけれど、自然の中で泳いだことはなかった。そのプールと自然の違いなど、そのころのオレにはわかるはずもなかったが。
午後一時二十三分。待ち合わせ時間はその七分後だというのに、みんなが揃った。一番最後に到着したのは、恵理子。
恵理子はいつも物静かだ。一人で絵を描いたり、本を読んでいて、幼いながらに人を寄せ付けないオーラがあった。
そんな恵理子が、この集まりに参加しているのが不思議だが、オレと陽介が話しているとき、気配を消しているかのように近づいて、
「わたしも、行ってみたい」
そういって、断る理由のないオレたちは、それを首を縦に振って承知した。
恵理子はいつも着ている服とはなんだか違って、フリルのついたノースリーブの水色のワンピースを着て、白いサンダルを履いていた。
とても今から川へ行く恰好とは思えなかったが、なんだか見惚れてしまった。
それから、十五分ほど、暑い、とか、早く涼しくなんねぇかな、とか文句を垂れながらも、小さな崖のある川についた。
「おっ、ちっちぇ魚いる!」
「うわー、捕まえようぜ!」
そういって陽介ともう一人は、小さな崖から、そっと足を滑らせないように川に入っていった。
崖にいるのは、オレと恵理子、そして男子二人だった。
「翔太くんは、いかないの?」
その問いに、どきっとした。
どう説明していいかわからず、言葉に詰まっていると、陽介たちは川の向こう側まで歩を進めていた。
他のやつらは陽介たちの様子を笑いながら見ていて、こちらの様子は見えていないようだった。
「翔太くんって、意外と怖がりなんだね。由紀恵ちゃんとは楽しそうに話すのに」
え……、といいかけた、その瞬間、小さくて柔らかい手の感触が背中を押した。
バシャンッ!!!!
なにが起こったのかはわからないが、オレは今、川の中にいる。必死で顔を水面から出そうとして、でも身体がいうことを聞かず、水の中に再び潜ってしまった。
一瞬、他のやつらの声は聞こえたように思うが、恵理子の声は聞こえなかった気がする。
ばたばたさせる身体と、大きく開けた口から出る水泡で、視界がぼやける中、オレは見た。
水色のスカートの裾をぎゅっと握って、溺れるオレを頭を下げながら、悲しいような、怒っているような、そんな風に見える表情でこちらを見ている、恵理子の顔を。
そうして、恵理子はそこから風のように消えた。それから、オレたちの目の前に現れることもなかった。